20 敵になる
「そう、あれがおまえですか……」
意味ありげにミーヤを見る。
ミーヤは黙ってセルマの視線を受け止めていたが、
「あの、それが何か」
と、尋ねる。
「いえ、不思議だったのですよ」
セルマがどこか不浄のものでも見るような視線をぶつけながら続ける。
「どうしておまえがシャンタル付きになったのです? いえ、その前に託宣の地への同行も命じられ、託宣の客人の世話係も命じられていましたよね? 当時、皆、色々と噂をしましたが、分からぬままでした」
「さあ……」
ミーヤはやっとのように答える。
「私にも分かりません」
本当のことだ。
当時、カースの海岸への同行を命じられ、そればかりかそこに流れ着いたトーヤの世話役を命じられた時、誰よりもミーヤ本人が驚いたものだった。
「本当のことを言ってみなさい」
「いえ、本当に分かりません」
嘘ではない。
今でも、どうしてあれが自分であったのか、ミーヤ本人にも分からないままだ。
「本当に不思議です。まだ『奥宮』への出入りも許されていなかった『前の宮の者』が、いきなりマユリアに名指しされ、短い間とはいえシャンタル付きとなるなど。そういえば、あの時に共にシャンタルのお世話をしたのがキリエ『殿』でしたね。あれはキリエ『殿』の指示ですか?」
「いえ、違います。マユリアです」
正直に答える。
隠す必要もないことだ。
「マユリアが。本当ですか?」
「本当です」
「ご本人に確認しますよ?」
「ええ、構いません、本当のことですから」
正直に答えるミーヤに、嘘はなさそうだと判断したようだ。
「分かりました、マユリアのご指示」
そう言ってあらためてミーヤの目をじっと見つめた。
「では、どうしてマユリアがおまえを選んだのです? 確かその後でマユリアがどこかにお籠りをなさいましたよね? あれはどうしてです?」
「それは……」
ミーヤは理由を知っている。
どこで何をしていたかは後で聞いた。
嘘はつけない。
だが、本当のことも言えない。
「なにか知っているのでしょう? 知っているのなら答えなさい」
「お答えはできかねます」
ミーヤはきっぱりと言う。
その答えを聞いて、セルマはミーヤがなにかを知っているらしいと断定したようだ。
「どうして答えられないのです? おまえは何かを知っている、どうして隠すのです?」
「隠してなどおりません」
「では言いなさい」
「お答えできません」
短いやり取りの中、はっきりとセルマがミーヤを「敵」と決めつけた目をした。
「キリエ『殿』は知っているのですね?」
「お答えできません」
セルマがそのままじっと黙ったままミーヤをにらみつける。
ミーヤはその視線を正面から受け止め、よけることなく見返し続けた。
「いいでしょう」
セルマが忌々しそうに視線を外して言う。
「では、さきほど言ったことをキリエ『殿』に伝えなさい。その後でなら変更できるでしょう」
「お約束はいたしかねます」
セルマがまだ言うか、という目で見る。
「あくまで私はご報告申し上げ、慣例に従って、侍女見習いの方にふさわしいであろう所属を上申いたしました。そこに誤りがある、見直す余地がある、そのように言われて、納得した上でなら変更いたします」
セルマがミーヤをどう見ようとも、ミーヤは自分の主張を変えることはない。
それが分かったのかセルマが冷ややかにミーヤを見る。
「もうよろしい、戻ってキリエ『殿』にそう伝えなさい」
「はい……」
ミーヤが丁寧に片膝をついて頭を深く下げ、正式の礼をしてから下がっていった。
セルマはミーヤが部屋から出ていくと、ソファにどしりと荒っぽく腰をかけた。
「あのミーヤ……」
八年前、ミーヤは「宮」でちょっとした有名人になっていた。
単なる衣装係の「前の宮の者」が、マユリアのお声がけで託宣の地への同行者になり、挙げ句に「託宣の客人」の世話係になった。
それだけでも一体何事かと皆があれやこれやと噂をしたというのに、さらに一時とはいえシャンタル付きとされた。
中には、
「あの者は『託宣の客人』への贄なのではないの? だって、そうでもないとあのようなならず者がここで大人しくしているはずがないもの」
などと、仮にも「シャンタル宮の侍女」が口にすべきではないような、そんなことを口にする者まで現れたほどだ。
当時、セルマは「奥宮」への出入りを許されてはいたが、まだ「前の宮」に属しており、そのような下衆な噂を眉をひそめて聞き、自分に話した者をきびしく叱ったものだった。
その後、先代があのようになり、混乱の中で「月虹兵」に任命された「託宣の客人」は、そのまま任務のためにどこか遠くへ派遣されたと聞いた。「あのミーヤ」はそのまま月虹兵付きになり、そのまま現在に至ると聞いた。
「何があるというのかしら」
セルマが怪しむ顔になる。
「もしかしたら、キリエ殿の失策につながる何かになるのかも知れない。あの時、マユリアがどこかへお籠りになられた時、先代のそばにいたのは『あのミーヤ』とキリエ殿だけだったと聞いたわ」
セルマがガタリ、と音と立てて上半身を起こした。
「いえ、あるはず。もしかしたら先代の死にすら関わりがあるのかも。だとしたら……」
セルマは急いで立ち上がり、執務室から出てどこかへ向かった。