19 思い出したこと
ミーヤは「取次役」であるセルマの執務室へ呼ばれていた。
「いえ、ですから、侍女見習いは、みなさん最初は『小物係』についていただくというのは、長年の慣習ですので」
昨日までミーヤが教育係として付いていた10人の所属について、セルマが異議があると呼び出したのだ。
「それは分かっています。ですが、単なる慣習でしょう?」
「そうですが、どこがいけないとおっしゃっているのかよく分かりません」
ミーヤは困惑していた。
「小物係」は「宮」に入った侍女がまず就く役職である。それは「応募の侍女」であっても「行儀見習いの侍女」であっても変わらない。なぜなら「小物係」には本当にたくさんの部所があり、名前の通り本当に小さな物から、多少大きく「神具」に近い役割の物まで、ありとあらゆる物品を管理する部所だからである。
まず「小物係」から初めて「宮」に慣れていき、そこから各々の適正にあった部所に配属されていく。基礎の基礎の部所と言える。
「あの、はっきりとおっしゃっていただけませんか? 私にはセルマ様がおっしゃっていることがよく分かりません」
ミーヤは困り切ってはっきりと言った。
セルマはふうっとため息をつく。
なんて愚かなのか、そこまで言わぬと分からぬのか、と言っているようにミーヤには見えた。
「今回の侍女見習いの『方たち』は、どなたもそれなりのおうちの方々です、分かっていますよね?」
「方たち」とセルマが言ったことにミーヤは驚いた。
セルマは「取次役」として、本来の役割はともかく、今は「宮」で侍女頭であるキリエと同等の権力を持ってその地位を誇っている。そのセルマが侍女見習い、それも「行儀見習い」に対してその言いようは……
「あの、おっしゃることがやはりよく分かりません」
ミーヤは思い切って言う。
「たとえご出身がどこであろうとも、『宮』に一度入られたならば、それは同じ侍女の立場、ましてや今はまだ『侍女見習い』の立場だと思います」
セルマが「生意気な」という目をしてミーヤを見る。
「分からぬ人ですね。では言ってあげましょう、今回一番年長のラキム伯爵家のモアラ様、今17歳でいらっしゃいます。そして、半年ほど後には同じ他の伯爵家にお輿入れが決まっていらっしゃいます。そのような方が今から数年、『小物係』を勤めるなど、無理な話だと分かりますね?」
「それは……」
では、最初からそのつもりであったのか、とミーヤは思った。
そもそも長く「宮」に勤めるつもりなぞなく、お輿入れの時にご令嬢の価値を上げるため、そのために形だけ侍女の経験をするためだけにここに来た、そうなのだ。
「次に15歳のやはジート伯爵家のシリル様、この方も来年にはお輿入れだそうです。『小物係』よりもう少し、誰がお聞きになってもこれは、と思う役職に付けてもらわなくては失礼です。分かりましたか?」
失礼……
誰にどう失礼だと言うのだろう。
一番失礼なのは、そのような形だけ整えるために使われたこの「シャンタル宮」に、その主たるシャンタルにこそ失礼であろうとミーヤは思った。
「分かりましたか?」
もう一度セルマが言う。
「いいえ」
ミーヤははっきりと言った。
「私には分かりかねます」
セルマがキリリと眉を吊り上げる。
「私は侍女見習いの方々の教育を、侍女頭であるキリエ様から申しつかりました。そしてその結果を、キリエ様にご報告いたしました。もしも、私の報告に問題があるのならば、直接指示を出されたキリエ様からご指摘いただくと思います。ここで勝手に変更することはできません」
静かに、だがきっぱりとミーヤはセルマにそう言った。
セルマの顔色がみるみる変わる。
一瞬白くなり、そこから赤黒い色を帯びた。
かなりの怒りを感じられたが、ミーヤはそれ以外に言える言葉はないと思った。
「このわたくしに対し、生意気な……」
ついにセルマが気持ちをはっきりと口にする。
上からミーヤを不愉快そうににらみつける。
「まあいいでしょう」
意外なことに、セルマの口から出たのはそんな言葉であった。
「それでは、キリエ『殿』にこのセルマが申していたと伝えなさい。キリエ『殿』からあらためて指示をされたらあらためられるのなら、それはそれで良いでしょう」
言葉とは裏腹に、目付きは今にもミーヤなど踏み潰せるのだと言わんばかりだ。
「分かりました、では今一度キリエ『様』にお伺いして参ります」
ミーヤは「様」に力を入れて、せめてもの抵抗の姿勢を見せる。もちろん、セルマには非常に不愉快なことと承知の上で。
「おまえ、名前は?」
急にセルマが聞いてきた。
呼ばれた時に分かっているだろう、入った時に名乗ったのに、そう思ったがミーヤが素直に答える。
「ミーヤでございます」
「ミーヤ……」
少し考え、セルマはふと思い当たったような顔になる。
「ミーヤ、聞いたことがある気がします。おまえ、もしかして、八年前に一時期シャンタル付きになりましたか?」
ミーヤはドキリとした。
セルマがあの時のことに思い当たったようだ。
一体そこから何をどうするつもりなのか、不安を感じる。
だが、正直に答えるしかないだろう。
「はい」
正直にミーヤが答えると、セルマが不思議な目の色をミーヤに投げつけた。