18 引っ越し
「エリス様」ご一行が希望したように、別の部屋の準備ができたとアーダが伝えてきたのは、その翌日のことであった。
「早かったなあ」
ベルがアーダから話を聞いてみんなに伝える。
「何しろキリエさんだからな」
トーヤが愉快そうに言った。
「それで、どこに引っ越せって?」
「うん、あの『前の宮』にいくつか部屋があるだろ? あそこの一室だって」
「俺の部屋があるあたりか?」
「多分」
どこの部屋だろうとトーヤは考えたが、全部の部屋を知っているわけではない。「宮」はとにかく広いし、道や造りはよく覚えているものの、全部の部屋を開けて見て回ったわけではないからだ。
そうしていざ案内されてみて驚いた。
(これ、俺の部屋の隣じゃねえか)
「前の宮」のトーヤの部屋として置かれているあの部屋、そのダルの部屋の反対側であった。
アーダが鍵を開けて一行を中に通す。
「お隣からは月虹兵の方の控室になっています。適度に出入りもありますし、ここなら賑やかすぎず、そしておさびしくもないのではないか、とキリエ様のご配慮です」
いい部屋に案内できた、とアーダがにこにこと部屋の案内をする。
トーヤの部屋も個室にしてはかなり広い方だが、その部屋を軽く倍にした以上の大きさがあり、続き部屋として従者や侍女の控える部屋とつながっていた。
このあたりの部屋は元々、遠方から謁見などでやってくる来客を泊めるための客室だと聞いていた。貴族階級や地方の領主などは、「客殿」にある一行がいたような部屋というよりはその部分だけで屋敷のような部屋へ滞在するが、それまでの身分ではない客は「前の宮」のこのような部屋に滞在する。
今回「エリス様」が案内された部屋の造りは、まず入ってすぐに小さな応接室。トーヤの部屋は入るとすぐに応接も寝室も同じ場所にある一部屋だが、まずそこが違う。主従が滞在することを考えて、あまり大きくはないがいくつかの部屋に分かれているようだ。
「客殿」の部屋はそれこそ大したお屋敷以上の広さはあるので、そこから比べるとぐっと狭くなった印象を受けるが、この部屋だけでも庶民の家ぐらいの広さはある。
トーヤの部屋だってそうだ。見ると「一部屋」と言えるが、庶民の一般的な2階建ての部屋の下部分の広さはあるだろう。
新しい「エリス様」の部屋は、そうして入った応接の奥に区切って寝室があり、その寝室から侍女部屋につながっている。寝室手前の応接からつながった部分には従者部屋。今回は護衛2人がそこに入ることになる。
侍女部屋から応接へ行く扉ももちろんあるが、侍女部屋は護衛部屋ともつながっており、普段は当然鍵を閉めておくとしても、いざという時にはそこを経由して主の寝室へと飛び込むこともできるらしい。
手洗い場など水場も主用と従者用に分かれている。他にも色々と細かい部分にまで気配りがなされている、さすがにシャンタル宮と感心する客室であった。
「前のお部屋よりは手狭になりますので、エリス様もよろしければ『宮』の中を散策などなされたらいかがでしょう。良い気晴らしになると思います。ほら、前庭にもそれほど長く歩くこともなくいらっしゃれますし」
アーダが「エリス様」の様子を伺うようにそう言って、「エリス様」は侍女に何かを伝える。
「本当に素敵なお部屋で御心配りに感謝しております。おっしゃっていただきましたように、また散策などに出させていただこうと思います、とおっしゃっていらっしゃいます」
「よかった、はい、ぜひとも私もお連れ下さい。続けてエリス様のお世話係を拝命いたしております、すぐ近くの控室におりますので、いつでも」
アーダが喜びに顔を朱に染め、そう言った。
「はい、引き続きよろしくお願いいたします」
ベルが深々と頭を下げ、「エリス様」も一緒に会釈をした。
「はい、喜んで」
そう言ってアーダも頭を下げ、
「では、あまりに長くなってもお疲れでしょうし、私は一度退室いたします。どうぞごゆっくりお過ごしください。もしも何かありましたら、すぐにお申し付けください」
この部屋付き侍女の控室へ下がっていった。
「アーダも前の控室の方が広くてよかったのかも知れないなあ、悪いことしたかなあ」
ベルがちょっと気の毒そうに言うが、
「なあに、このあたりの部屋付きの侍女部屋も結構広かったぞ、かえって気兼ねねえんじゃねえの?」
「なんだ、侍女の控室入ったことあんのかよ」
「ああ、ミーヤのところに用事で行ったからな」
「あ、そうか」
八年前、そうして何度か出入りしたことがあったのだ。
「まさか、忍び込んで……」
「アホか! そんなことするかよ!」
「まあな、聖なるシャンタル宮だしな、なんぼトーヤがエロオヤジだってもそんなこ、いて!」
全部言い終わる前にはたかれた。
「けど、これでちょっと気楽になったな。あっちはあまりにも広すぎる」
アランがそう言う。
「そう? 私はあそこでもよかったけどなあ」
「そりゃおまえはそうだろうけどさ、慣れてるだろうし」
「まあね」
「なんか得意そうだな」
「うん、だって自分ちだもん」
「ちがいない」
「エリス様」とベルが気楽にそう言って笑い合う。