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17 乗船

「出港は二日後だ、それまでどこぞの宿にでも引っ込んでんだな」

「いや、そういうわけにはいかねえ」

 

 トーヤが首を横に振る。


「見つかるわけにはいかねえって言っただろうが、そんなことして目立つわけにはいかねえんだよ。だから、一刻も早く、どこでもいいから部屋空けて入れてもらえねえかな。船底でもなんでもいいんだ」

「そうは言ってもな、おまえ……」


 ディレンが腕を組んでしばらく考えてから、


「ちょっと待ってろ」


 そう言って船の方に戻り、船員に二言三言(ふたことみこと)何かを命令した。


「もうちょっとだけ待ってろ、今、部屋空けさせてる」

「そうこなくちゃ!」

「それとな、船代は馬車に込みにしてやる」

「さすが親父!」

「だから誰が親父だ」


 苦笑しながら、「息子」にしてやられた父親はなんとなくうれしそうだ。


「お二人に部屋に入ってもらったら、もうあの馬車はあんたのもんだ、好きにしていいからな」

「ああ、遠慮なくそうさせてもらう。馬車もとっとと手放した方が安心だしな」

「そういうこった。足がつかないように頼むぜ」

「言われるまでもねえよ」

「あ、それとな、ついでにもういっちょ頼み事してもいいかな?」

「なんだ」

「あのな、手形がねえんだよ」

「なんだあ、それもかよ!」

 

 ディレンが呆れたように言う。


「まあな、手形は船長の権限でどうにでもなる」

「ありがてえ!」

「まったく、まさかこんなところで疫病神に見込まれるとは思わなかったぜ」


 苦笑しながらそう言うと、


「いや、幸運の女神、慈悲の女神かもしんねえぜ?」


 にんまりとそう言うトーヤに、


「ふざけたこと言ってんなよな」


 ディレンがそう返して、いつもトーヤがベルにしているように一発トーヤの頭をはたくと手を振り、


「まあ、もうちょいだけ待ってな」


 そう言って一度船に入っていった。


「なんとかなったな」


 トーヤがアランにそう言うと、馬車の中に、


「な、必要だったんだよ、納得してくれたか?」


 そう声をかける。


「は!!」


 と、一言だけ若い女の声で返ってきた。


「エロクソ言われなかっただけましだと思え、な?」


 アランがそう言って小さく笑った。


 交渉がまとまったのは昼にまだ早い時間だった。

 それからしばらくし、昼過ぎぐらいにやっと呼ばれて馬車の荷物をまず船内に運び込んだ。


 馬車の中には大部分の荷物が残ったままだ。


「こんだけでいいよ、残りは馬車と一緒に売っちまってくれ」

「って、おい、いいのか?」

「ああ、かえって邪魔になるらしい。こっちまで馬車ぶっとばす間だけ必要だからって持ってたもんと、持ってきたものの、もういらねえってやつみたいだ」

「ってもな、おまえ、これから海の上で一月(ひとつき)だぞ? もうちょい考えろって言ってやれ」

「やれやれ、しょうがねえなあ……」


 トーヤが不承不承(ふしょうぶしょう)というように、馬車の中の2人に声をかける。


「分かったって。もうちょい残すらしい」

「うむ、そうしてもらえ」


 逆にディレンの方がほっとした顔になる。


「まったく、お金持ちってのは困ったもんだ、物に頓着(とんちゃく)しやがらねえからなあ」


 ディレンに向かってトーヤがそう言う。


 実はこれも作戦のうちであった。


 裕福で金離れ、物離れのいい上流階級のちょっと世間離れしたご婦人、を演出するためにあえてそうしてみた。もしも万が一ディレンが言われた通りにしたとしても、それはそれで特に問題はない。「ちょっと困ってるみたいだが我慢してもらおう」と言えば済むことである。


 そうして最初に持ち込んだ荷物の他に、また同じぐらいの衣装箱のようなものも運んでもらった。


「まあ、残りは大したもんでもないみたいだな。遠慮なく売っちまってくれ」

「分かった」


 残ったのは比較的使用感のある衣装類。もちろん、トーヤがそれらしいのを見繕っておいた物だ。これならディレンも遠慮なく処分できる。


「目立たないようにこのマント着て移動してもらう」


 そう言って、さもそのために用意したかのように、いつもシャンタルが着ている生成りのマントをベルが頭からかぶらせる。


「侍女の方はこちらを」


 と、こっちはトーヤが寝る時にまとっていた毛布を渡す。


 そうしておいて、馬車を船に乗り込む渡り板へと案内する。


「あの、重々分かってんですが、危ないんで少しだけ御手を……」


 そう言ってトーヤがシャンタルに手を出すと、シャンタルがしばらく困ったようにその場で動かなくなる。


「困ったな……」


 上流階級の婦人は、家族以外の者に触れられることもご法度(はっと)なのだ。


 そうしていると、ベルがまたシャンタルに口を寄せて何かを囁く。そうされてまだしばらく考えていたが、ようやく、やっと、弱々しく、いかにも仕方がないという風に頷いた。


「あの、奥様に、命に関わることと、お医者様にお脈を取っていただくのと同じことだ、とご説明申し上げました。それでご納得いただきました」


(よっしゃ無事に全部言えた!)


 あまり普段こんな言葉を使わないベルが、心の中でグッと拳を握る。


「では、失礼いたします……」


 トーヤがそう言ってシャンタルの手を、直接ではなく手袋の上からそっと取る。

 ディレンが細くて美しそうなその手をじっと見ていた。


「お足元に気をつけて」


 そう言うとまたベルが何か囁き、頷いてから一歩一歩、気をつけて船へと渡っていった。

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