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黒のシャンタル 第二部 「新しい嵐の中へ」<完結>  作者: 小椋夏己
第二章 第五節 守りたい場所
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 8 リル、襲来 

 翌日、早速リルが「客殿」の「エリス様」の部屋を訪れた。


「ええ、ありがとうございます。はい、ええ、父のお使いで参りましたの。そうらしいですわね。月虹兵もあの事件を調べることになったとダル隊長からも少しお聞きしておりますが、今回はそのようなことで、私は父の、オーサ商会のアロ会長のおつかいですので。はい」


 立て板に水のようにアーダに次々答えると、さっと部屋から出してしまう。

 その最後の最後までにこやかに営業用の笑顔を浮かべて。


 アーダがいなくなるとくるっと扉の方から中の、テーブルの方へ振り向く。

 まだ顔いっぱいににこやかに笑顔を浮かべ、少し小首なども傾げたまま一行につかつかと近づいてきた。


 リルは真っ直ぐに「緋色の戦士」の前までくると、いきなり笑顔をひっこませ、


「どうして帰ったらすぐに連絡をしないのでしょう!! 私たちがこの八年間、どれほど心配していたか分かっているのかしら!? ねえ、トーヤ!?」


 と、声を潜ませながらだが、そう言って怒鳴りつけた。


 「緋色の戦士」の扮装のままのトーヤが押され気味で、


「悪かったって、そう怒鳴んなよ、こっちにも色々事情あんだからよ」


 と、やっと答える


 キリエとはまた違う迫力であった。


 話に聞いて「口達者」とは知っていたが、まさかトーヤにここまで上から叱りつける人間がいるとはと、アランが目を丸くする。


「いいえ! 分かっているとはとても思えないわ。それに。なかなか正体を明かさなかったってことは、私たちを疑っているか、それかもしくは巻き込みたくないとか、そんなつまらない理由よね? それってかえって失礼なのよ? 分かっているのかしら」


 目を三角にしてガミガミと叱り続けるその様子は、教師と出来が悪い生徒、またはいたずらっ子の首根っこを捕まえた「おっかさん」のようだ。


「なんか、前より迫力出たな……」

「ええ、ええ、人は色々と変わりますからね! それで? まだそんなに詳しいことを聞いているわけではないのだけれど、お父様にも会ったんですってね?」

「ああ、会ったよ」

「じゃあ、その時にでもなんとか連絡つけようとすればよかったのではなくて?」

「いやな、その時にアロさんからリルが結婚したって聞いて、そんで声かけちゃいかんかなと」

「だからそれよ!」


 トーヤの言葉を遮ってピシャリと言う。


「私たちがどう変わったと思ったのか知れないけれど、八年前のあれを一緒に乗り切った、いわば『戦友』よね? それをそんな風に思うなんて、許せないわ!」


 完全にお(かんむり)で、トーヤが何を言っても「お仕置き」は免れないような、そんな勢いであった。


「わあったわあった、悪かったってば。だから許して下さい、な?」


 リルはそういうトーヤをじろっと睨んでから、


「まあいいわ、それは今後のことで。それで、私はどうすればいいのかしら?」


 そう言って、トーヤに目で椅子をすすめるように、と合図を送る。


「あ、はい、座って下さい! どうぞ!」


 急いでトーヤが椅子をすすめ、そこにリルがどっしりと座った。


「あのお茶です」


 ベルもお茶をすすめる。


「ありがとうございます。あなた、ベルさん?」

「へ?」 


 ベルがお茶を置いた後の盆を胸のところで両手で持ち、何を言われるのかと身構える。


「ダルに聞いたわ」

「は、はい」


 リルはそう言うと、やさしくベルの手を取り、


「ダルが言っていたの。ものすごく優しいいい子だって。マユリアやラーラ様、キリエ様、みんなが幸せでいてほしいって言ってくれたって……ありがとう」


 そう言って優しく優しく笑った。

 母の顔だった。


「あ、いや、あの、どうも……」


 そう言ってペコリと頭を下げる。


「すごくうれしかったの。あなたが皆様のことを考えてくださって、これからどうして差し上げるのがいいのか、それを考えてくださったことが」


 リルは目を閉じて両手を胸の前で組んだ。


「もちろん『宮』のこれからのこと、この国のこと、この世界のこと、それを考えるのは当然のことで、重要なことだとは分かっているの。でも、あの時、八年前のあの出来事を共に乗り切った者からすると、それはそんなことを私などが考えるのはあまりに不遜で失礼だとは分かっているのだけれど、それでもやはり、私も考えずにはいられない。あの方たちのことを一番に、あの方たちのお気持ちを一番に、と。それは、子を持ってますますそういう気持ちになったの。誰かを大事に思うこと、自分の命より大事に思うこと。それは、もちろん頭では心ではずっと前から分かっていたことなのだけれど、なんて言えばいいのかしら、魂で理解した、魂で刻まれた、そのようなことなの。それをあなたはそんなに幼いのにもう知っているのだわ、なんてすごいことなのかしら……」


 そこまで一気に言い終えて黙ると、ゆっくり首を下げ、その目にじんわりと涙が浮かんだ。


「あの……」


 ベルがどう反応していいのか困り切っていると、トーヤが胸の中から湧き上がるように、クツクツと我慢できないかのように少しずつ笑い出した。


「いや、すげえな、リル。あんたの方がよっぽどすごい、あの時からそんなだったけど、『おっかさん』になって磨きがかかったな。いや、まいった」


 そう言って、耐えられないように大笑いした。

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