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16 交渉

「なあ、頼むぜ親父、この通りだ」


 トーヤがそう言って両手のひらを合せ、片目をつぶって軽く頭を下げた。


「誰が親父だ、こんなしちめんどくせえ小生意気なガキ、持った覚えはねえぞ」


 そう言いながらも、なんとなくうれしそうな表情にアランには見えた。


「よし、分かった、もう一声だな。こっちも何もただでって頼んでるわけじゃねえぜ」

「当たり前だ、乗るならちゃんと船賃はもらう」

「わあってるって~それと別にな、あんたにも損がないようにさせてもらうって言ってんだよ」

「おい、さっきも言ったがな、これは俺の船じゃねえ。腕を買われて雇われ船長やってんだよ。つまり、あまり勝手なことはできないって言ってんだ」

「だからあ~、な、とーちゃん」

「誰がとーちゃんだ」

 

 そう言って、それでもニヤッと笑う。


 ミーヤの元へ通っていた時、なんだか危なそうなガキだなと思いながらも、ミーヤがかわいがって息子のようにしている子どもだと思うと、ついついかわいがってしまっていた。今もその時の気持ちが残っていないことはないらしい。


「これだよ、これ」


 トーヤはそう言って、とんとんと木綿の布でぐるぐる巻にされた馬車を叩いてみせた。


「この馬車がどうした?」

「ちょっと見てくれよ、これ」


 と、持ってきた時にしたように、ディレンにも布をめくって見せる。


「ほう、こりゃ大したもんだな」

「な? お貴族様御用達の大した馬車だぜ」

「それで、これがどうした?」

「船賃以外にこれ、あんたにやるよ」

「はあっ?」


 さすがにディレンが大きな声を出した。


「これ一台ありゃ、小さい船の一つぐらい買える、そんな代物だよ」

「そりゃ、これだったらそりゃ……」


 ディレンの目の色が変わったのが分かった。


 ディレンはミーヤのところに通っていた頃、小さいが自分の船を持っていて、少なくはない船員を使っていた。内海を行き来して荷物の運搬をするという、堅実な商売をしていた。そのためそこそこ羽振りもよく、ミーヤのところにいい旦那として通えていたというわけだ。


 だがその船、なぜだかある時、トーヤも乗っていた例の、それで運命の地に流されたことになった、いわゆる海賊船と同じ航海に出た。そして勝負に負け、命からがら逃げ帰り、結局は船も手放すこととなったのだった。


 そうして尾羽打(おはう)ち枯らしたディレンではあったが、長年の馴染みとしての情もあり、ミーヤが病気をしたこともあり、それでもできるだけやってきては、何くれとなく世話を見てくれた1人であった。それでトーヤもよく知っているのだ。

 そもそも、トーヤが一番最初に乗った船は、海賊商売をしていない時の、内海を商売で行き来していた時のディレンの船であった。


「な、どうだ? 今度の航海から戻ったら、あんた、もう一度自分の船に乗ってみたくねえか?」

「それは……」


 魅力的な申し出であった。


 そろそろディレンの人生も終盤に差し掛かっている自覚がある。生きている間にもう一度自分の船で、思った通りに海に出てみたい。頭のてっぺんまで海に浸かっている海の男としては、当然の望みであった。


「俺な、あんたがこの船の船長だって知って、こりゃ恩返しするいい機会でもあるな、とも思った。もしも、同じ時にもう1艘の船がただで乗せてやるって言ってきても、あんたに同じ申し出してた。なあ、どうだ? 悪い話じゃねえだろ?」


 ディレンはじっと黙ってトーヤの話を聞いている。


「個室ってもな、そんな御大層なご客室でなくていいんだよ。少なくとも、その他大勢の皆さんから馬車の中のお二人を隠せる程度、それでいい。俺とアランはその部屋の前で番をするか、交代で皆さんと一緒に雑魚寝する。どうだ? そのぐらいなんとかしてもらえねえかな」


 ディレンは真面目な目でじっとトーヤを見た。


「その前に確認だ」

「なんだ?」

「そのこと、中の方は了承してんだろうな? おまえが勝手に言ってんのなら、受け入れられる話じゃねえぞ」

「ああ、そのことか」


 トーヤは明るく笑った。


「大丈夫だ、ちゃんと了解取ってある」

「本当か?」

「ああ、嘘だと思ったら聞いてみりゃいい」

「言葉、通じるのか?」

「侍女がな、アルディナ出身だ。それで言葉が分かる」

「そうか」

「来いよ」


 そう言ってもう一度馬車に戻り、扉を叩く。


「どうぞ」


 若い女の声がした。ベルだ。


「失礼します」


 丁寧にディレンがベルに尋ねる。


「あの、こいつが、トーヤが、この馬車を船に乗る代わりに俺にって言ってんですが、それ、本当なんでしょうか? 奥様、でいいのかな、聞いてもらえますか?」

「少しお待ち下さい」


 ベルがそう言うとシャンタルのベールの上から口を寄せて何かを言い、次にシャンタルの首が動いてベルの耳元に何か囁いてるように見えた。


「構わないとおっしゃっておられます」


 ベルが、精一杯すました声で答える。


「無事にあちらに行けたら、また旦那様に買っていただけるから、だそうです」

「分かりました、ありがとうございます、とお伝え下さい」

「はい」


 そう言ってまたベルが口を寄せ、シャンタルのベールの頭が微かに上下する。

 

 ディレンが頭を下げ、トーヤも中に一つ頭を下げてから馬車の扉を閉める。


「な?」

「分かった……」


 交渉はまとまった。

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