6 この場所を守るため
ベルは思いつめたような顔を上げた。
「おれ、バカだからさ、あんまりそういうの分かんねえんだけど、そう思っちゃいけないのかな?」
「いや、そんなことないぞ」
トーヤが優しい顔でそう言った。
「はっきり言うとな、民は『奥宮』の人が笑ってようが泣いてようが関係ないと俺は思う。俺たちだって神様がどんな顔してるかなんか知らなくても平気で生きてるだろ?」
「……うん」
「だったらまあ、見える人を幸せにしてやりたい、そういう形にしてやりたいってので動くしかねえのかもな」
「うん」
「まあ、そういうこった」
トーヤがいたずらを考えている子どものように、にんまりと笑った。
「分かりやすいところから考えよう」
「うん」
「一番分かりやすいのはキリエさんだ。何しろもう年だからな、だったら静かに引退させてやりたい。交代までを無事に済ませて、その後は『北の離宮』って姥捨て山に入ってもらうのが一番だな」
「言い方!」
ダルが思わず咎める。
「それまで無事にいてほしいってこった」
またトーヤがにんまりと笑った。
「だから、それまで足を引っ張るようなことはさせない。多分、次になんか仕掛けられるとしたらキリエさんだ。反発してるやつも多いだろうし、何しろマユリアや当代には手が出せねえしな」
「出せないだろうなあ」
「次に気になるのはラーラ様だ。あの人もここから出られない。もう『誓い』ってのを立てて一生シャンタルのそばにいるって本人も決めてるしな」
「まあ、いてくれた方が小さいシャンタルも安心だとは思うよな」
アランが言う。
「けど、なんてーか、あんまり戦力にならねえ感じはする」
「言い方!」
トーヤがダルの言葉を使って笑う。
「けどまあ、そうだ。あの方にあるのは『母』としての優しさだけだ。それは大事だが、最後の最後にならないとあまり役には立たん」
「最後の最後って?」
ベルの質問にトーヤが固い視線を向ける。
「命にかえても子どもを守る、ってやつな」
「それ……」
「ああ、あの人はやる。シャンタルのためならいくらでも命を投げ出す。そんなことはさせたくねえ」
トーヤの顔に影が差す。
「だから、シャンタルを、当代も次代様も、こいつも、そしてマユリアも全部のシャンタルを助けてやらねえとな」
トーヤの視線の先で銀色の髪、褐色の肌を持つ人が目を伏せていた。
「できること、できないことを洗い出して、そんで小さいことからでも始めねえと、すぐに葉っぱが半分を塞いじまいそうだな」
「葉っぱ?」
「ああ、また後で説明する」
トーヤは簡単にそう言って話を続けた。
「今できることはなんだ?」
言われて残りのみんなが顔を見合わせる。
「なんだろう?」
ベルが顔をしかめて考える。
「セルマってやつを見張る?」
「さすがアランだ」
いつもの言葉が出る。
「後ろに誰がいようがいまいが、一番動いてるのはそいつだよな? ってことで、そいつの動きを見張って何をやろうとしてるかを探る」
「それからキリエ様が心配だ」
「そうだな」
ダルの意見に頷く。
「だけどあの人は俺たちが動けるようにと思ってか、他にも何かあるのかも知れねえが、俺たちのことを知らん顔してる。守るとか助けるとか言っても受け入れねえだろうよ」
「困ったおばはんだなあ」
ベルがふうっと息を吐いた。
「ほんとうにな。だからそのへんはミーヤとリルになんとか任せたいと思う。ダル、リルは大丈夫だと思うか?」
「大丈夫って?」
「こんなことに巻き込んで、だよ」
「ああ」
ダルが半分笑った顔で答える。
「リルは、仲間はずれにされた方が怒ると思うな」
聞いてトーヤが爆笑する。
「そうだな、そういやそうだったな。いやあ、あの時もそんな感じで、おまえ、半泣きになってたもんな」
「笑うなよ~あの時は結構真剣だったんだぜ?」
親友2人が思い出して笑い合う。
「それでも、今はもうあの時とは違う。危険だと思ったらすぐに手を引かせる。それでいいよな」
「うん、いいと思う」
「じゃあ2人とのつなぎはダルに頼むとして、俺たちとダルの連絡だな」
「俺はどうだ?」
それまで黙って聞いていたディレンが言う。
「おう、頼もうと思ってた」
「分かった」
二言だけで話が決まる。
「そんじゃ動くぞ、いいな」
「おう!」
「了解」
「うん」
「分かった」
ベル、アラン、ダル、ディレンがそう答える。
「おまえはどうなんだよ?」
トーヤがシャンタルに聞く。
「ありがとう……」
シャンタルは一言だけ言うと頭を下げた。
その後はもう少しだけ細かく話を決め、ダルは自分の部屋へと戻ることになった。
「あ、ディレンさんとアランは一度俺の部屋来てくれる? 出入りするとこを見せといた方が良いかなと思って」
この先、ダルが直接ここに来られない時にも連絡をつけられるようにしておくためだ。
「他の月虹兵たちにも言っとくよ、まだ話を聞いたり連絡したりする必要があるかも知れないからって」
「分かった」
「分かりました」
2人が返事をする。
「そんで、ミーヤとリルにも俺が話をしとくよ。リルは聞いたらすぐにもここに来るかも知れないなあ、親父さん経由で」
「ありそうだな」
トーヤが笑う。
なんとかなりそうに思えてきた。
やはり信用できる仲間は頼りになると思った。