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黒のシャンタル 第二部 「新しい嵐の中へ」<完結>  作者: 小椋夏己
第二章 第五節 守りたい場所
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 5 本来の場所

 「奥宮」は神が御座(おわ)す場所、だから「遠い場所であること」は、考えようによってはそれが正しいのだと言える。


「だからね、奥宮が遠い場所だ、なんて言ってもそれがおかしいことだ、なんて普通の人は思わないんだよ。侍女の人ですらね。だけど、俺たちはあの時、あんなことに巻き込まれただろ? だから、普通よりは身近に感じてしまっていたから、変だってどこかで感じることができてるんじゃないかと思う」


 そうなのだろう。


 もしも、外からこのことを見ている者ならば、「月虹兵」や「外の侍女」ができて宮を身近に感じることがあったとしても、それは奥宮が遠い場所であること、さらに遠い秘密の場所であることとはまた別のことなのだ。

 神が外に向けて手を伸ばしてくれたとしても、いらっしゃる場所は変わらない、その神聖さも変わらない。


「いわば、今の奥宮は本来の場所にあるってわけだな、人間様からは手が届かない場所に。そしてそうしたのはセルマってやつだ」

「そうとも言えると思う」




 あの出来事、八年前の出来事を経て、少しばかり宮は変わった。


 いきなりトーヤのようなどこの何者かも分からないような、そんな人間を「助け手(たすけで)」として宮の客人とした。


 名もない侍女をその世話役とし、挙げ句には一時とはいえシャンタル付きとした。


 漁師の息子を客人のさらに客人として宮への出入りを許し、最後には「月虹兵」などというわけの分からぬ役職を作り、そこに就けた。


 単なる「行儀見習いの侍女」にまで奥宮への出入りを許し、やはり「月虹兵付き」という新しい役職に就けた。




 そしてその挙げ句、生き神シャンタルが死んだ。




『じゃからまあ、いい感じではない、のは、いつもとは違うことを怖いと思う頭の固いわしのような人間じゃな』




 ダルの祖父、カースの村長の言葉が頭をよぎる。

 「黒のシャンタル」をよしとはしなかった正直な言葉を。


 「改革」というものは、それは古くからの者たち、今までと同じ時が流れることを希望する者からすると、面白くはない、もしくは不安に感じることである。そしてその先に神の死があったとすれば、なお一層、正したいと思うことなのだろう。



 なんにしろ、急激な変化には揺り戻しが伴うものだ。


「ってことは、セルマが力を持った方がいいってやつも結構いるってことか。キリエさんと、もしかしたらマユリアにも反感を持ってるやつがいるのか?」

「さすがにマユリアにそんなこと思う人はいないと思うけど、キリエ様は辛い立場なんじゃないかと思うよ」

「だろうな」


 キリエはもう60代である。平均的な寿命が60歳ぐらいのこの国では、もうとっくに引退してしまっていい年齢だ。

 もしも「黒のシャンタル」さえ存在しなければ、とっくに引退した侍女たちが住む「北の離宮」で若い者たちの相談役などをして、のんびり余生を楽しんでいたのかも知れない。


「どうすんのが一番いいんだろうなあ」

「なあ、トーヤはどうしようと思ってんだ?」

「そうだなあ。今聞いてたら、単純に元の形に戻すのがいいってのなら、ほっとくのが一番ってなっちまうよな」

「うーん、そうとも言えるかな」

「けど、なんか違うよな、今の形」

「うん」

「何がどう違うんだ? ダルが言ってたように、俺が来た時のことはまあいわば異常だ。それを元通りにしようってのなら、セルマってのは正しい気もする」

「うーん……」


 ダルが黙り込む。


「そういう反応するってことは、ダルはそう思ってねえよな?」

「はっきり言うとそうだな」

「質問に質問みたいで悪いんだが、じゃあダルはどうするのが一番いい形だと思う?」

「それはまあ、普通に答えるなら、この二千年と同じ形ってのがそうなんだろうけど。でも、もう違うよね?」

「そうだな」

「あんなことがあって、その」


 と、チラッとシャンタルに目をやる。


「『黒のシャンタル』が生まれてきたってことで、もう変わる方向になってしまったんじゃないかと思うんだ」

「それだよな」


 トーヤも同意する。


「嫌でも変わらないといけない時期に来てるんだろうよ、多分。そのために俺が、俺たちがここに呼ばれたんだとしたら、黙って見てるのは間違った道に進むことになる、って可能性がある」

「じゃあ?」

「どういうのが一番いいのか考えるしかないな」

「おれは」


 いきなりベルが言葉を発した。


「おれは、マユリアにもラーラ様にも当代にも会ったけどさ、すごくいい人たちなんじゃないかと思ったんだ」

「うん、それで?」


 トーヤが素直にベルの意見を聞く。


「あの人たち、マユリアはこの後で人に戻ってどうすんのか分かんねえけどさ、ここに残る人、あの人たちが幸せでいてほしいと思った」

「ベルらしいな」


 トーヤが軽く笑った。


「だがな、あの人たちは普通の人じゃねえ。もしもそうすることが、この国に、この世界にとって悪いことだとしたら? 普通の人としての幸せだけ考えてやるってのが、それがいいことなのかが分かんねえよな?」

「そうか……」


 ベルがしゅんとして少し項垂(うなだ)れるが、


「でもな、やっぱりあの人たちが幸せでないと、ここにいるのが不幸なんだったら、それって違うとおれは思う。笑っててほしい」


 きっぱりとそう言った。

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