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黒のシャンタル 第二部 「新しい嵐の中へ」<完結>  作者: 小椋夏己
第二章 第五節 守りたい場所
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 4 遠い場所 

「なあ、『しょくじがかり』ってのはそんなに偉いのか?」


 ベルが不思議そうに聞く。


「偉いというか、直接シャンタルやマユリアのお口に入るものを扱う係だからね。だから、本当ならいくら誓いを立てたからといって、入ったばかりの人が就けるお役目ではないんだって」

「へえ、やっぱ食い物は大事なんだなあ」


 ベルが納得して頷く。


「だから、次に自分が食事係にと思ってた方は不満だったらしいけど、その代わりになんだったかな、なんかお役目をもらって納得して、それでセルマ様付きになったとかも聞いたな」

「なんだよそりゃ」


 ベルがムッとした顔になる。


「それ、なんてーんだっけかな、そういうのって、ほら」

「取り込む、か?」

「そう、それ!」


 ベルがアランに向けてピシッと指を鳴らす。


「最初に目の前の餌取り上げといて、そんでがっかりさせたり怒らせたりしといて、前よりおいしい餌やって喜ばすんだよな。そうして『とりこむ』んだ」

「すごい表現だな」


 ダルが少し驚いて言うと、


「あ、そうトーヤに教えてもらった」

「おい!」


 トーヤが人聞きが悪い、という顔になる。


「それはおまえがあんまり覚えが悪いからだろうが!」

「そうだっけか?」


 知らん顔でいうベルにトーヤが「こいつ!」という顔になるが、さすがにダルの前で女の子を張り飛ばすのを少し遠慮する。


「まあ、でもそういうことになるよね」


 ダルがちょっとだけ困ったような顔でそう言う。


「そういうことがあって、それで三年前にね、新しい役職をって話が神殿の方からあったんだ」

「それが『取次役』ってやつか」

「うん」


 最初は侍女頭の交代をさりげなく持ち出していたのだそうだが、マユリアが「次の交代までは」と決して譲らなかったらしい。それで神官長が外の侍女のことを持ち出したらしい。


『こう申し上げては失礼と承知の上で申します。キリエ様も決してお若くはない。そこへ『外の侍女』などという新しい部署を設けられ、いくら手があっても足りないのではないかと推察いたします』


 外の侍女を設けた時に神殿は反対と主張をしたのだが、受け入れられなかった。そこでそれをあえて持ち出したのだろう。


『そもそも侍女とは、本来は奥宮のシャンタルとマユリアにお仕えする者のことではありませんか? それが外に意識が向き、そちらが疎かになるなどあってはならぬこと。そこで奥宮のことは問題がない限り奥宮の者に任せ、普段は報告だけをキリエ様にする、ということではいかがでしょう? もちろん重要なことは侍女頭にお伝えしなくてはなりません。ですので新しい役職を設けましょう。たくさんの中からお伝えすること、お伝えしないことを選んで侍女頭に伝達する、取り次ぐ役割です』


 やんわりとそう主張し、とうとう「取次役」を認めさせてしまった。


 マユリアも「単に取り次ぐ役目ならば」と了承し、奥宮と侍女頭の間に入った「取次役」が気がつけば大きな力を持っていたという。


「ってことは、あれか、セルマってやつの背後にいるのはあのヤギひげか?」

「一見するとそう見えるんだけど、あの神官長にそんなことができるのかなあとも思うんだよね」


 ダルもそのあたりをずっと疑問に思っていたらしい。

 トーヤもダルの考えに賛成だった。


「とってもそんなことできるおっさんには見えなかったな。びくびくして、様子を伺ってるような」

「うん、そうなんだよねえ」


 だが、事実はどうあれ、今、神殿の、神官長の推薦した取次役のセルマが大きな力を持っているのは事実だ。


「マユリアやキリエさんたちはそれをほっといたのか?」


 トーヤの問いにダルが困った顔になる。


「言われてもなあ、俺もそこまで深く宮の中、特に奥宮に出入りできるわけじゃないしな。ほら、あの時、リルとミーヤが月虹兵付きになる、奥宮に出入りを許されるって言われた時、俺らもいただろ?」

「ああ」


 覚えている。


 「交代の日」の前々日だ、トーヤ、ミーヤ、ダル、リルの4名はシャンタルの私室へ呼ばれた。シャンタルが4名を(ねぎら)いたいと言ってお茶会に呼ばれたのだ。

 その場でマユリアがリルとミーヤを月虹兵付きの役につけること、それに伴い2人に奥宮への出入りを許すことを直々に伝えた。


『そしてその役付きに付随(ふずい)して奥宮への出入りを許します。これからもわたくしの、そしてラーラ様や次代様の話し相手などしてくださいね』


 そう言ったマユリアは楽しそうだった。


 その後のことなど不安に感じることは山ほどあった。

 正直、どうなるのかは誰にも分からなかった。

 だがあの日、あの場所は確かに幸せな場所だった。


「最初のうちはそうだったんだよ。リルもミーヤも忙しいが幸せそうにお勤めに(いそ)しんでた。時々はマユリアに呼ばれて奥宮でお話相手なんかもしてた。そりゃ、あの頃みたいにしょっちゅうってわけじゃなかったけど、ふっと思い出されたように2人を呼んでさ、マユリアの客室あるだろ? あのお茶会やってた。あそこで短い時間、思い出話とかもなさってたようだよ」


 そこまで言ってダルは小さくため息をついた。


「それがさ、気がつけば奥宮は今まで以上に遠い遠い場所になってしまって、今じゃ何がなんだかさっぱり分からないような状態だよ」

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