18 神としもべ
「いやいや、立派な隊長っぷりだった」
「よせって~」
トーヤが褒めれば褒めるほど、細長い体(そう、見た目も細長いままであった)をねじるようにして照れる。隊長、台無しだ。
そうして赤くなっているダルを見て、他の者たちも微笑ましく笑った。
だが、
「あの」
いきなりダルが真面目な顔になる。
「あの」
もう一度そう言って「エリス様」に近づく。
そうして、丁寧に片膝をつき、深く頭を下げて正式の礼をした。
「お久しぶりでございます。覚えていらっしゃいますでしょうか、ダルです」
「うん、覚えてるよ」
絹の中からそう聞こえた途端、ダルの両目からたちまち涙が溢れて流れた。
「よく、よくご無事で……」
後は言葉にならない。
「顔を上げて」
「エリス様」にそう言われ、片膝をついたまま顔だけを上げる。
もう何がなんだか分からないほど、涙でぐしゃぐしゃになった顔を。
そう、これが自然なのだ、この国の民としては。
「エリス様」の正体を知るこの国の民としては。
ダルは言葉もなく、ただただ涙を流しながら「エリス様」を見つめ続ける。
シャンタルはかぶっていた絹のベールを取った。
ダルの目の前に長い素直な銀の髪、褐色の肌、深い深い緑の瞳の「主」が、「神」が姿を現した。
「ああ……」
それだけ言うと、また、ただただ涙を流し、美しい人をじっと見つめ続けている。
アランもベルも、そしてトーヤも言葉をなくしていた。
ずっと仲間だったシャンタル、家族のように思っていたシャンタルの、これが実の姿なのだ。
人にして人に非ず、現し世の神の、これが本来あるべき姿だったのだ。
唯一ディレンだけは、あの船の中で、あの嵐の中でその片鱗に触れていたためか、3人ほどの衝撃は受けていなかった。ある意味当然のように受け止めているようだった。
もしかすると、その正体を八年前から知っていたトーヤの衝撃が一番大きかったかも知れない。
当時のトーヤ、まだ17歳であったトーヤ、嵐に飲み込まれ、気づけば思わぬ運命に飲み込まれ、好むと好まざるとに関わらず、生き神を巡る一連の事件の中心人物になってしまっていたトーヤ。
渦中にあって必死に前へ前へと進んでいたせいか、頭では理解し、シャンタルがどう見られ、どう扱われていたかをその目で見ていたというのに、まるでその事実を初めて突きつけられたような気がして、自分でも思わぬほど動揺していた。
親友、そう思っていたダルのこの様子もまた衝撃であった。
八年前、最後の最後まで付いてきてくれて、西の端の港「サガン」から「東の大海」へ送り出してくれたダル。
あの時はごく普通に、懐かしい、親しい友を送り出してくれる友人としか見えなかったダルが、こうして跪き、神の帰還を喜んでいる様は、まるで知らない誰かを見ているかのようにしか思えなかったからだ。
トーヤの頭の中でのシャンタルとダルの再会は、自分とダルがそうであったように、2人が喜び合って、もしかすると抱き合ってお互いに喜び合う、そんな場面であった。こんな神と下僕の聖なる場面のようなものではなかった。
重い空気の中、ただ一組の主従だけが懐かしい再会を喜び合っている。
二人を包むのは、古く古く、二千年の昔から連綿と続く、神と人との聖なるつながりを寿ぐ祝福の空気であった。
誰も触れられない空気が部屋中に満ちていたが、意外なことでその空気が一掃された。
「ダル、もうお父さんなんでしょ? いつまでも泣いてたらおかしいよ、再会を喜んでくれるのなら、笑ってくれるかな?」
シャンタルが「人」に戻ると、のほほんとそう言った。
ダルがはっとするように隠しからハンカチを取り出して、急いで涙を拭き、にっこりと笑って立ち上がった。
「ええ、もう俺、親父なんですよ。またうちの子にも会いに来てください」
「うん、楽しみにしてるよ。それで、男の子? 女の子? どっち?」
「あ、両方です」
「両方?」
シャンタルが目を丸くする。
「2人いるの?」
「いや、5人です」
「5人!」
「5人!」
「5人!」
「なんとまあ!」
トーヤ、ベル、アラン、ディレンの順で驚く。
「ちょ、ちょっと待てよ」
いつもの自分を取り戻したトーヤが聞く。
「えっと、結婚して何年だっけ?」
「七年だよ。だから別に5人いてもおかしくないよ」
「いや、まあ、そうだが……アミちゃん、がんばったな……」
「いやー、アミは体力あるからなあ」
ダルが真っ赤になって頭をかく。
「あ、それでな、リルのところは3人だ」
「はあああああああ!?」
トーヤが叫んだまま言葉を失う。
「リルのところは結婚して五年だよ、こっちもおかしくないだろ?」
「いや、まあ、おかしくはないが……」
なんと、あまりにあまりな親友と友人の変わりようだ。
「なんせさ、まあリルと色々あっただろ? そんでさ、リルが結婚した時にこう宣言されたんだよ」
『今2人でしょ、ダルとアミのところ。私もすぐに追いついて追い越すから。幸せ比べでは負けませんからね?』
そう言って、言葉通りに結婚してすぐ最初の子が生まれ、2組の夫婦がそれぞれに、負けてられないとがんばった結果、なのだそうだ。
「なんとまあ」
トーヤはさっきまでの身の置き場のなさを忘れ、思い切り吹き出していた。