14 東の港
目的の東の港「ダーナス」に着いたのは、2回目の朝が明けてすぐのことであった。
「そんじゃ、シャンタルは馬車の中で着替えとけ。あ、ベルもな」
そう言い残し、トーヤは馬車から馬を外すと、
「すまんな、もうちょいだけがんばってくれ」
とんとんと馬の首を軽く叩いてから撫で、ゆっくりとどこかへ走っていってしまった。
「げ……こんなん本当に着るのかよシャンタル……」
「らしいね」
ベルに手伝ってもらいながら、シャンタルが準備された衣服を身につける。アランは外で待っている。
「こんなもんかなあ……」
「いいんじゃない? どうせ隠れるし」
「トーヤもなあ、どうせ隠れるからここまで本格的にしなくてもいいようなもんだけど」
「やるなら本格的にやるって言ってたよ」
「まあ、そうなんだろうけど……よし、これでいいかな。そんじゃおれの着替え」
と、ここまで聞いてアランが、
「おい、シャンタルがいる前で着替えるつもりか!」
いくら女性か精霊のようにしか見えないとは言っても、一応シャンタルも立派な男性である。その前で妹が着替えるのは兄としては許すわけにはいかない。
「え、別にいいじゃん? なあ」
「うん、だめ?」
「だめです!」
急いで馬車のドアを少し開けて中をのぞく。まだベルはシャツとズボンを着た姿のままだった。そしてその横には着替えたシャンタルが。
「うーん、本格的だな。まあ本当のところまではそう詳しく知らねえが」
「な、きれいだよな」
「そう?」
兄と妹の言葉にシャンタルがうれしそうに言う。
「それはそれとして、シャンタル、ベルが着替える間出てこいって」
「えーめんどく」
「いいから!」
遮るように言って着替えたシャンタルの手を引っ張る。
「おっと、これ、一応かぶっとけ」
着替えたシャンタルの頭から元のマントをかぶせた。こうしていると前と変わらないようにしか見えない。
「せっかく着替えたのになあ」
ぶつぶつ言うシャンタルに、
「まだ見せるわけにいかねえだろ、ほれ」
そうしてベルが一人になった馬車の中で着替えを済ませた頃、トーヤも戻ってきた。
2人の着替えた姿を見て、満足そうに頷く。
「それがな、ちっと面白いことになった」
そう言って3人にさっと状況を説明し、手はずを打ち合わせる。それからもう一度馬を馬車につなぎ、どこかへ向かう。
馬車は市中をカポカポと比較的ゆっくりと走る。飛ばすには人が多すぎる。
ゆっくり進む。街道を飛ばしていた時とは揺れも、動いていく風景も違う。
東の端の「シャンタルの神域」へ行くほぼ唯一の窓口の港だからだろうか、種々雑多な人々が街中にあふれている。どこから来た人間も、神も、ここでは埋没してしまえる。だからこそ、八年前にここに着き、自由に動けたシャンタルが、止めるトーヤの手を振り切ってでもあちこち見てみたい、自由に動きたい、そのような気持ちにもなれたのであろう。
大通りを通り抜け、港へ向かうと空気に潮の香りが混じってきた。
「もうすぐ港だ。ここの港はでっかいぞ」
トーヤがアランにそう声をかけた。
建物が店や宿のような街の建物から、倉庫のようなものを備えたいかにも港にありそうな建物へと変わっていく。
「さあ着いたぞ。おまえらはちょっと中でじっとしてろ」
トーヤ馬車の中の2人そう声をかけると、御者台から降りて馬車を引きながら大きな船が係留してある突堤に進んだ。
「よお」
そうして、忙しそうに船員や水夫たちに指示をしている、中年か、見ようによっては初老にかかったぐらいの船長らしき男に声をかけた。
ごま塩のぶっちぎったような髪、やや疲れたような表情。体型はどちらかというと小柄な方に入るだろうか。少なくとも物語に出てくる船長! という感じには見えない。やや弱気なタイプにも感じるが、それなりにきびきびと仕事を割り振りしている様子からは、そこそこ仕事もできるのかも知れない。
「お、来たか」
ここから「サガン」へ行く船を探していたトーヤが見つけたのは、生まれ故郷の町で小さな船の船長をしていたこの男であった。
「こいつ、アラン。今度の仕事を一緒に頼まれた。アラン、こいつな、俺がガキの頃から知ってるやつで、偶然にも今度乗るシャンタリオ行きの船の船長やってるんだと」
「おいおい、まだ乗せるとは言ってねえぞ」
船長と呼ばれた男はそう言いながらも、表情は愉快そうにトーヤを見ている。
「固いこと言うなよな、俺とおまえの仲じゃねえか」
「どんな仲だってんだよ、まだ青臭いガキがいっちょ前に言うようになったな」
そう言って楽しそうに笑う。
「どうも、アランです」
アランがそう言って軽く頭を下げた。
「船長のディレンだ、よろしくな」
船長と名乗った男は、そのやや弱気な見た目とは違い、力強い笑顔でアランにそう名乗った。
「そんで、なんだって? 個室を寄越せ? こんなギリギリになって乗せろってだけでも厚かましいってのに、その上個室だあ? おまえ、ド厚かましい神経はガキの頃から変わってねえんだな」
呆れ返ったような内容ながら、ますます愉快そうにそう言うのは、まだ幼かった頃からのトーヤをよく知っているからこそ、なのだろう。なかなかに気に入っているようにも見える。