1 勘違いの理由
「どうしてそんな勘違いをされるんでしょう」
「いやな、その上ベルが……そうだ、あいつだよ!」
トーヤがハッとして言う。
「ベルさんが、どうしました?」
ミーヤの顔が固くなる。
「いや、あいつがな、あんたとダルができたのかって」
「できる、というのがよくわからないのですが」
「分からねえのかよ!」
トーヤは忘れていた。
ここはシャンタル宮、俗な世間とは少しばかり常識が違うのだ。
幼い、世間を知らぬ頃から宮に入り、ずっと神聖な宮に仕えるだけの侍女には分からぬことであったか。
「リルだったら分かるんだろうなあ」
そう言うとトーヤはくすくす笑い出した。
「できる、ってどういう意味です?」
「あーそれな」
ちょっとトーヤは考えたが、
「まあ男女の仲になる、ってことかな」
「まあ……」
ミーヤが少し恥ずかしそうに下を向く。
それはなんとなく分かったようだ。
「あいつが、ベルがそういう言い方するもんで、それでてっきりあんたがダルと結婚したんだとばっかり」
「呆れますね」
ミーヤが真剣に呆れ顔になる。
「いや、言われてみりゃ、あいつがアミちゃん以外とそういうこと、ありえねえよなあ」
「そうですよ」
ほおっとため息をつき、ミーヤが言う。
「そうですか。そしてあなたは、その、ベルさんと、それってことなんですね」
「何がだ?」
「いえ、あの」
言いにくそうにしながら、
「できる、ってやつです……」
恥ずかしそうにさらに下を向く。
「なんでだよ!」
「だって」
「あ、ああ!」
トーヤは思い出した。
ベルが勘違いするような言葉を口にしたことを。
「それだよ! 勘違いだよ!」
「勘違い?」
「そうだよ、あいつがあんな言い方するから!」
トーヤがしかめっ面で言う。
「違うのですか?」
「違うって」
「じゃあ、一緒に暮らしているというのは」
「あ、それは本当だ」
ミーヤが黙ったまま表情をなくす。
「けど2人きりじゃねえからな」
「え?」
「考えてもみろよ、あいつがいるのにベルと2人っきりで暮らすなんてできるはずねえだろ?」
「え?」
言われてミーヤも思い出す。
「あ……」
確かにそうだ。
そもそもトーヤはこの国をシャンタルと2人で出ていったのだ。それから2人で暮らしていたのだから、最低でもベルを入れて3人である。
「じゃあ……」
「三年前にな、戦場であいつがベルと、その兄貴のアランを拾ったんだよ」
「戦場!」
「ああ、色々あってな、結局戻ることになっちまった」
「戦場に……」
ミーヤの顔色が変わる。
「アランが死にかけててな、それを助けてくれってベルがあいつに言ってきたんだよ。それを助けて、それからずっと4人で一緒だ」
「そうだったのですか……」
「第一な、あいつ、ベルな、まだ13だぜ?」
「ええっ!」
思ってもみなかった。
「え、え、でも、そんな年には」
「そりゃ中の国の侍女の振りすんだ、それっぽく作るだろうよ」
トーヤが楽しそうにそう言って笑う。
「そ、そうなんですか……」
言われてミーヤもなんとなく思い出す。
中の国の侍女だと思って話をしていた時は、話し方も上品で、少し俯きがちに話をしていたもので10代後半ぐらいだと思っていた。
だが、いきなりくだけて「おれ」と言ってたいたあの姿、確かに10代前半と言われると納得できる。
「じゃあ、ベルさんは」
「妹か娘みたいなもんだな。フェイみたいな感じだよ」
「そうだったんですね」
なぜだろう、心底ホッとした。
「てっきり奥様か、それに準ずる方なのかと思ってしまっていました……」
「んなはずねえだろ!」
そう言ってトーヤがミーヤをじっと見た。
ミーヤもトーヤをじっと見る。
どうしてそんなはずがないのか。
ベルの年齢が若いというだけではなく、相手が誰でもそんなはずがないだろう、そう思った。
「えっと……」
トーヤが少し横を向き、なんとなく照れくさそうに言う。
「勘違いしてた、ってことでいいのか、な?」
「ええ……」
ミーヤも少し横を向き、なんとなく照れくさそうに言う。
「お互いに、ですが……」
2人ともなんとなくお互いを見ることができなかった。
しばらくの間沈黙。
何をどう言えばいいのか分からない。
「えーっとな……」
ようやくトーヤが口を開く。
「はい……」
ようやくミーヤが答える。
「まあ、なんだ、色々ややこしくなっちまったけど、なんか、色々話することがあるんだよ」
「はい」
「だから、えっと、どうやってこれからあんたと連絡取ればいい? できれば客殿の部屋に来てもらえば一番いいんだが」
「それは少しむずかしいです」
「なんで?」
「今は、あまり客殿へは近づかないようにと言われてます」
「なんでだ?」
「中の国から来られた方には色々と事情があるので、必要のある者以外はあまり足を運ばぬように、とキリエ様からご指示がありました」
「そうだったのか」
キリエらしい配慮だと思った。
不自由をさせぬよう、自分が選んだ最低限の侍女だけを配置し、それ以外の者はよせつけない。「エリス様」の秘密を守るためにも必要なことだ。
「まあ、興味本位で覗きに来るやつもいるだろうしな」
トーヤはあえて軽い方の理由を口にした。