14 出会い頭
「今日はもう今から行っても遅いよな」
「ああ、ちょっと過ぎてるな」
「今から包帯男がえっちらおっちら行っても間に合わねえか」
「緋色の戦士だっつーてるだろうが!」
トーヤが主張するがベルが無視して続ける。
「分かった、おれ一人で様子見てくるわ」
そう言ってベルが立ち上がり、1人で部屋から出ていった。
広間を抜けて渡り廊下の部分、衛士たちの控室のあるあたりへ進む。
今日もまだ交代の時間ではないらしく、衛士の姿はない。
が、長い廊下のずっと向こう、トーヤの部屋のあるあたりに侍女の一団が背中を向けてあちらに向かって歩いていくのが見えた。
(あれかも知れない)
ベルは早足で後ろから付いていく。
侍女たちはゆっくりではないが、普通の速度で歩いているので廊下の端に着く時までにはすぐ後ろまで追いついていた。
(いた)
あの時と同じ、数人の先頭にオレンジの衣装の侍女が見える。
後ろ姿だけだが、服の裾にぐるっとひと回り濃いオレンジの縁取りがあり、その後ろ姿からも見える。
一団は廊下の端、そこから右に奥宮へとつながる廊下を右折した。侍女の控室へ行くのだろうか。
角を曲がろうとする一団の、後ろの方にいたまだ若い侍女の一人がベルの姿に気がついたようだ。
「あの、どうかされましたか?」
振り向き、何か用でもあるのかと聞いてきた。
その侍女の言葉に他の侍女たちも振り向いた。
オレンジの、一番前にいた侍女も。
「あ、いえ、少しばかり足を伸ばしてみただけですので、どうぞお構いなく」
そう言って頭を下げ、振り向いて元来た方へと戻る。
後ろでは侍女の一団が何か少し話をしていたようだが、そのまま奥宮へ向かって移動していった。
「侍女の人たちがいた。オレンジの人もいた」
帰ってベルがそう報告する。
「そうか、ってことは、やっぱりそれぐらいの時間に通りがかるってことだな」
アランがそう言う。
トーヤは黙って聞いている。
「とりあえず、明日の今よりちょっと早いぐらいにあっち行ってみるか」
「それは構わんが、1人じゃなかったんだろ? それはどうするつもりだよ」
なんとなく弱気でトーヤが聞く。
「そんなもん、行ってみねえと分かんねえよ。とりあえず行くぞ、明日」
そう言い切られ、返事もなくそう決まってしまった。
翌日、昼過ぎまでゆっくりと過ごし、昨日よりやや早いぐらいの時間にベルがアーダに、またルークの歩行訓練に行く、と告げた。
「気をつけていってらっしゃい。無理なさらないでくださいね」
「ありがとう」
ベルがそう言い、ルークも軽く会釈をする。
2人でゆっくりと広間を抜け、ゆっくりと衛士の控室のあるあたりを歩いていく。
やはり今日も人っ子一人いない。
「昨日はこのへんから侍女の集団が歩いてくのが見えたんだよ」
小さな声でベルが言う。
トーヤは黙ったまま小さく頷いた。
トーヤの部屋に着き、周囲を見渡して誰もいないのを確認して鍵を開け(鍵を持っているわけではない)中に入る。
「なあ、いっつも思うんだが、それってどうやってるんだ?」
「何がだ?」
「鍵開け」
色々なことをベルに仕込んだトーヤだが、なぜか鍵開けだけは教えてくれない。
「まあ、そのうちにな」
今日もまたそうして話を濁す。
「ちぇっ、まーたそれかよ。なんで教えてくれないんだよ」
「おまえに教えたら何やらかすか分からん。それに教えたからってできるもんでもねえしな」
「なんだよそれー」
ベルが口をとがらかしてぶうぶう文句を言う。
「まあ必要になったら教える。それまで黙ってろ」
ぶうぶう言っても完全無視された。
「とにかく、おまえは外出てミーヤが来たらなんとかこの部屋の前に1人だけ連れてこい。そしたら後はなんとかするから」
「はいはい、と」
ぶうぶう言いながらもベルは大人しく廊下へと出ていった。
トーヤはカーテンを締め切っているためにやや薄暗い部屋で一人で待っている。
(来るんだろうか、本当に)
今はそれしか考えられない。
ベルは廊下へ出ると、不自然ではないように、ゆっくりと客殿の方へと向かってあるき出した。
(昨日はこっちから奥宮の方へ歩いてたもんな。うまくいきゃ正面からすれ違える)
時間的にもそろそろのはずだ。
もっとも、毎日同じ時間とは限らないが。
ゆっくりゆっくりと歩き、もうちょっとで広間に差し掛かるという頃に、突然その一団は現れた。
「あ!」
ベルが声を上げてよろめいた。
広間に入る手前、廊下の端にある階段から侍女たちは上がってきたらしい。
そして先頭のオレンジの侍女が2階に姿を現した時、ちょうど茶色い髪の中の国から来た侍女とぶつかりそうになったのだ。
「ごめんなさい!」
そのオレンジの衣装の侍女が急いで謝る。
「おケガはございませんか? 申し訳ありません、不注意でした」
茶色い髪、異国の服装の侍女が急いで首を横に振る
「いえ、こちらも不注意でした、よく前を見ていませんでした」
出会い頭はやや薄暗い階段の上り口。
明るい広間の方に目が向いていたベルには、暗い階段から上ってきた侍女たちがあまりよく見えなかったのだ。