13 オレンジの人
「ってことは、結局ミーヤさんについては会える時間帯とか絞れてないってことなんだな」
アランが言うとトーヤがなんとなく複雑な顔をした。
「なんだよ、なんかあるのか?」
気づいたベルが素早く聞く。
トーヤは少し考えていたようだが、心を決めたように口を開いた。
「実は、ここに来た日に会った侍女の集団、多分あの中にいた」
ぼやかしながら、それでも見たことを初めて言う。
「なんだよ、やっぱりいたんじゃねえか。見てねえとか言ってさ」
「いや、だから、はっきりは見えなかったんだよ。何しろ包帯だっただろ」
嘘ではない。顔ははっきり見えてはいない。
ただ……
忘れようがないあのオレンジ。あの色はしっかりと見た。
「色は?」
ベルがずばりと聞く。
「何色?」
トーヤが少し間を置いて言う。
「オレンジだ」
「どんな?」
「明るいオレンジだ、ちょうど夜明けの海の上の空みたいな」
その表現にアランもベルも驚く。
『朝明るくなってくる夜明けのような色』
ベルが言っていたそのままだ。
「シャンタルも覚えてる? そんなオレンジ?」
一言も発さずいるので忘れがちだが、ちゃんとシャンタルも、「エリス様」もこの部屋にいた。というか、そもそもがエリス様のための部屋だ。
「うん、そういうオレンジだったね、明るい濃い目のオレンジ」
「そっか」
じゃあ間違いない、あの人だ。
「その色だったらおれもなんとなく見た気がするけど、何しろ薄暗かったし俯いてたし、顔まではよく見えなかったんだよなあ」
トーヤはきっとはっきり見ているはず。
ベルはそう思ったが、何しろ自分も当時はストールをかぶって目だけかろうじて出していただけだ。しかもうつむき加減でエリス様の手を引いていた。そしてあちらもまっすぐ正面を向いていたのではなく、一行を認めて会釈すると道を譲って頭を下げていた。それほどしっかりと顔は見えなかった。
「もひとつ気になるんだけどさ」
「なんだ?」
「色、変わることもあるって言ってなかった?」
「ああ」
アランも思い出す。
「そうなのか?」
トーヤは知らなかったようだ。
「シャンタルがそう言ってたぞ」
「いつそんな話したんだよ、俺も知らなかったのに」
言われてベルがギクッとする。
「いつだったかなあ」
「いつだったかな」
アランも思い出してちょっとやばいと思う。
「いつだったかなあ」
飄々とした様子でシャンタルが言う。
「確かベルが部屋付きの侍女の衣装の色を聞いてきたんだよ」
「そ、そうだよ、思い出した!」
ベルがホッとして心の中でシャンタルに手を合わせる。
「色んな色があるから、どうやって決めるのかなって話だったな、そういや」
アランも言う。まさかトーヤがミーヤを見たはずだと話した時だとは言えない。
「そうか、まあ色んな色があるからな。色が変わることがあるってのは俺も知らなかったが」
トーヤがすんなりと納得した。
「役職で変わることもあるんだってさ。キリエさんの色はあれ、役職の色なんだってさ」
「金と茶だよな」
「うん、そうそう」
「シャンタル付きは紫系だって」
「言われてみりゃそうだな」
「だから、オレンジだからって即ミーヤさんとは限らない部分もあるわけだよ」
「なるほど」
間違いはない、トーヤははっきりと認識した。だが、今この状態では今さらそんなことは言い出しにくい。
「じゃあ結局状況は変わんないかー」
ベルがわざと力を入れてそう言う。
「あの時すれ違った人の中にいるのが確実なら時間が絞れんのになあ、あ~あ」
もっとわざと言う。見たこと黙ってたんだ、このぐらいのいじわるは構わないだろう、ぐらいの気持ちである。
「うーん、あれだろ? オレンジのままの可能性もあるんだろ?」
アランがベルの意図に気づいた上で助け舟を出した。
「そんじゃ、その時間帯を狙って一度行ってみたらどうだ? そんでその人の顔をトーヤに確認してもらう。もしもそうだったらつかまえやすくなるだろう」
「そうだな、まあしゃあねえな」
兄妹が口を揃えてそう言い、話は決まった。
「今分かってるのはあの時間帯に『オレンジの色の侍女』があそこの廊下を通ったってことだけだ。ミーヤさんって人と決まったことじゃない。だから『オレンジの人』でいくぞ」
「うん、わかった」
トーヤが口を開かないうちにトントンと話が決まっていく。
「今朝は朝食の後で割とすぐに、衛士の交代直後ぐらいに行ったが、初日に会ったのはもう午後かなり過ぎてからだったよな」
「だったな」
あの日、宮を訪ねた初日を思い出す。
午後少し過ぎぐらいに到着して客殿の待合室のような部屋で少し待った後、今度は前の宮の一室に通され、そこでキリエに面会し、少し話をしてから2階へ上がってあの廊下を今度は客殿へ向かって逆方向に歩いた。そこで侍女の一団に会ったのだ。
「もしかしたら」
アランが言う。
「キリエさん、あの時間にあの侍女たちが通るのを見せたくて、わざわざあの道を通したんじゃねえか?」
「え?」
「だってあり得るだろうが。歩き慣れてないだろう奥様だのケガ人がいるのにな、わざわざ遠回りしてあの道を通らせたんだ。そんな気がする」
トーヤも疑問に思ったことをアランも引っかかっていたらしい。