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 4 いつかの明日

「え!?」


 ベルが素っ頓狂な声を上げた。


「ああ……」

 

 アランには分かったようだ。


「え? え?」


 ベルがキョロキョロと3人の顔を見回した。


「え、え、まだ半分だろ? まだまだ先なんじゃねえの? ってか、池の広さが分かんねえのにそんなの分かるわけねえし」


 聞いて3人が吹き出した。


「何がおかしいんだよ!」


 ベルがむくれる。


「いや、おまえはかわいいよな」

「まったくだ」

 

 アランの言葉にトーヤがそう言って笑い、ディレンも笑った。


「なんだよお! いいから笑ってねえで教えろよ! な、まだ半分残ってるんだから、よくわかんねえけどよ、1年とかそんな先なんじゃねえの?」

「明日だ」

「へ?」


 ディレンの言葉をベルは理解できないようだ。


「明日って、今日の次の日の明日か?」

「そうだ」

「つーか、それ以外に明日があるかよ」


 トーヤが笑いながら突っ込む。


「るせえトーヤ!」


 いーっと歯をむいてからディレンに向き直る


「なんで明日なんだよ!」

「嬢ちゃん、よく考えてみろ」


 ディレンが右手の人差指を1本立てる。


「始まりの日、蓮の葉っぱは1枚だ」

「うん」

「次の日は何枚になる?」

「そんぐらい分かるさ、2枚だろ?」

「その次の日は?」

「4枚だ」

「その次は?」

「8枚」

「で、そのまた次は?」

「えっと、16枚」

「分かるか?」

「え、な、なにが?」


 ディレンが厳しい目でベルを見て言う。


「1枚ずつ増えてんじゃねえんだ、翌日は倍、その翌日は倍の倍になってんだよ」


 アランが横から言葉を添える。


「え、え、え……いや、なんかまだ分かんねえ」

「しょうがねえなあ、おまえはよ」


 今度はトーヤが笑って言う。


「じゃあ池をぐっと狭くしてみようか」


 ディレンが言う。


「お、おう、助かる、そうしてくれ」

「じゃあ、こう考えろ。その池は葉っぱが100枚になったら一面が覆われてしまうってな」

「急に狭くなったな」


 呆れるように言うベルに3人が笑う。


「まあ、おまえのおつむの程度に合わせたってこった」


 そう言うトーヤをベルがむくれた顔で睨む。


「そんじゃ、考えてみようか。今日は始まりの日だ、何枚だ?」

「えっと1枚」

「2日目は?」

「倍だから2枚だよな?」

「そうだ、2日目は2枚、3日目は?」

「2の倍だから4枚」

「4日目、5日目と増やしてってみろ」

「う、うん」


 ベルがゆっくりと数えていく。


「3日目が4枚だから4日目は8枚、5日目16枚、6日目がえっと、32枚か。そんで7日目がええっ、64枚! うっそだろ!」

「嘘じゃねえよ」


 アランが真面目に言う。


「え、え、ってことは、8日目にはえっと……128枚って、これ……」

「分かったか?」


 ベルが絶句する。


「そういうこった」


 トーヤも言う。


「池の葉っぱが半分の50枚になった時に見逃したらな、そりゃもう手遅れなんだよ」


 ディレンの言葉にベルが泣きそうな顔になる。


「怖いよ」

「怖いな。多分、それがシャンタルが感じた『怖い』だろうさ」


 トーヤが言う。


「じゃあ、じゃあさ、今この宮は何日目なんだ?」

「分からん」


 トーヤがあっさりと言う。


「さっき言った白もだよ。まだ真っ白に見えるが、ある時突然逆転する、最後の1滴が落ちたその瞬間、この宮は白じゃなくなる」


 ベルがゾゾッと身を震わせた。


「葉っぱの話もだ。なんとなく人は100枚で覆われる池なら100日目みたいに思うもんだ。だが実際は何日目だった?」

「えっと、8日目……」

「だな」

「トーヤ……」


 ベルはその先何も言えなかった。


「まあ、どういうことか俺にもまだよく分からんが、そういうことがこの宮で、二千年の間真っ白に受け継がれてきたシャンタルに起こってるんだ。そして、なんでか知らんが、そのことになんかやれって言われて俺らが呼ばれてるってこった」

「俺らって、おれも兄貴も、そんでディレンのおっさんも入ってんのか?」


 なんだかもう泣きそうな顔でベルが聞く。


「今、ここにいるってことはそういうこったな」

「トーヤ……」


 ベルが半べそをかいている。


「まあ、何があろうが付いてくって決断したのは俺らだ、いまさらべそかいてもしゃあねえだろうが」


 アランがそう言って妹の頭をガシッと掴んだ。


「いってえな!」


 両手で兄の手を掴んで抗議するが、兄は真面目な目でじっと妹を見つめた。


「おまえ、覚悟決めたんだろうが」


 厳しい目だった。


 あの、もう数日で「アルディナの神域」の実質東の端の港「ダーナス」へ着くというあの日、この小さな妹は、たった13歳ながら自分でそう決めたのだ。


『俺は、おまえには一日も早くこんな生活から足を洗って、まともな生活をしてほしいんだよ』

『それがな、正反対、なんだか分かんねえ道に踏み出して、その日がどんどん遠くなるように思えてな。そんで一応確認しときたいと思っただけだ』


 そう言って最後の最後の、本当の気持ちを確認した。

 その時この妹は言ったのだ。


『兄貴、おれに1人で残れって言ってんのか?』

『それ、その方がひどいってこと分かってんのか? 分かって言ってんのか?』

『後で笑い話にすりゃいいんだよ、うん』


 そう言って来ることを決めたのはベル本人だ。

 今からその決意を翻すことはさせない。

 もう選んでしまった道なのだから。

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