19 彼の人に似たり
「ああ、ご存知のない方のことを話題にしてしまいましたな」
アロがエリス様ご一行に向かって謝る。
この場でトーヤのことを知るのはマユリアと自分だけだと思っている。
まさかすぐそばに本人がいるとは思いもしない。
ラーラ様のことはリルが特に話してはいなかったのだ。なので、元シャンタルが侍女としてシャンタルのおそば近くに付いていることも知りはしない。
「いえ、『月虹兵』とは、アロ様の娘さんが名付け親になったというあの兵のことですよね」
「さようです」
「その最初の兵という方のこと、少し興味があります」
「そうですか。少しお話しさせていただいてもよろしいですかな」
「ええ、ぜひ」
アランがアロにそう言う。
トーヤは仮面の下で、
(いらんことを言うな!)
と思っているのだが、もちろん口に出せるはずもない。
ベルもディレンも止めることもしない。
みんな、当時のトーヤがこの国の人にどう見られていたのか、興味津々なのだ。
「トーヤ殿はですな、アルディナの神域からこの国に来られた方なのですよ」
「ほう、そうなのですか」
白々しくアランがそう言う。
「それで、私がアルディナに行ったことがあるということもありまして、親しくしていただきましてな、色々と話しをさせていただくようになりました。宮のご用で一時アルディナにお戻りになるということで、『サガン』まで送らせていただいたのですよ」
さすがに手形を切ったことや、子どもを連れていたことなどは言わない。
おしゃべりではあるが、情報の重要さを知っているだけに、そのあたりは慎重だ。
「では、今はその方はアルディナに?」
「さあ、どうなんでしょうなあ」
アロがふうっと息を吐く。
「もう八年も前になりますし、お元気でいらっしゃればいいのですが」
そういうアロにマユリアが、
「きっと大丈夫でしょう。トーヤはきっと戻ります、と言ってあちらに行きましたし」
にっこりと笑ってそう言う。
「ええ、さようですな。こう言ってはなんですが、しぶとい方だとお見かけしますし」
(しぶとい)
心の中でベルがプッと吹き出す。
「そうそう、珍しいことに、お酒を1滴も飲めない方でした。それはディレン殿もそうでしたな?」
「ええ、私もだめです」
「トーヤ殿にも伺ったのですが、アルディナにはお酒の飲めない方が多いのですかな?」
「いやあ、そうでもないと思いますよ。あちらにも飲み屋はいくらでもありますし、酒がやめられなくて困る人間の方が多いのではないですかな」
「ああ、やはりこちらと同じくですか」
「ええ、多分」
「そうそう、酒と言えば」
アロがマユリアを向き直る。
「あの、お酒などは召し上がられるのでしょうか?」
「いえ、わたくしはいただいたことがありませんので」
「ああ、そうですか……いや、非常にいい酒が手に入りましたのでな、もしお飲みになられるのならと思ったのですが」
アロががっかりする姿を見て、
「お気持ちだけいただいておきます」
そうニッコリすると、アロはほう~っとマユリアの笑顔に酔ってしまう。
酒などより何倍も度数の強い芳香に誰もが酔う。
「退屈なさっていらっしゃいませんか?」
マユリアが自分を見つめたまま固まっているアロから視線を移し、「ルーク」に声をかける。
「ルーク」は仮面をつけているし、傷があるということで飲食もできず、あまり会話にも参加していない。
アランやディレンに話を振られては、首を振ったり手振りで簡単に意思表示をするのみである。
「いや、これは失礼をいたしました。ルーク殿への気遣いを少しばかり欠いておりました」
アロがそう言って頭を下げるのに、「ルーク」は問題ないという風に右手を上げてみせる。
それよりは、昔の自分のことから話題が反れたことの方にホッとする。
その姿を見ていてマユリアが、
「ルーク殿は、わたくしの知っている誰かに似ていらっしゃる気がするのですが」
そう言い出し、トーヤがギクッとする。
「ああ、そう言われてみれば」
ラーラ様までそう言うので、トーヤだけではなくアランとベル、ディレンも少しばかりドキリとした。
「どなたでしたでしょう」
「そうですねえ……」
2人が顔を見合わせて考えるのに、トーヤが心の内で、
(思い出さなくていい!)
少しばかり焦るが、
「あ、分かりました」
先にラーラ様が明るい顔でそう言うのに、少しばかり身構える。
「マユリア、あの方ですよ」
「どなたでしょう?」
「ほら」
ラーラ様がそう言うと、マユリアも、
「ああ、分かりました」
そう言って思い出したようだ。
トーヤもアランもベルもディレンも、一体誰のことを言い出すのかと息を詰めたが、
「ルギ」
ラーラ様がそう言い、
「ええ、言葉少なで、そうして静かにじっと控えていられるお姿が、なんとなく似ていらっしゃいます」
マユリアもそう言うのを聞いて、
(ルギって……死ぬ!!)
と、ベルはストールを取ってしまったことを後悔しながら笑いを噛み殺すのに必死になり、
(やめてくれー!)
と、アランは組んでいた手の爪を反対側の手のひらに食い込ませて真顔を作り
「ん……ゴホン!」
と、ディレンは意味もなく咳払いをしてみせた。
そして緋色の仮面の当人は、その下で思いっきり不愉快な顔をしていたことは言うまでもない。