14 怒りの会長
マユリアのお茶会があった翌日、早い時間から思わぬ来客があった。
オーサ商会の会長アロである。
いつもにこやかな顔を渋く歪め、いかにも不機嫌そうにやってきた。
「どうも、あれ以来ですが、その節はお世話になりました。おかげさまで落ち着いた日々を過ごしております。一度ご挨拶にと思っていたのですが、なかなかその時間が取れませんで」
「アラヌス」が会長の前に腰掛け、そう挨拶をして頭を深々と下げた。
「いや、そのことについては何も。ケガ人もいらっしゃることですし、まだそう日も経っておりませんしな」
「そう言っていただけるとありがたいです」
ならばこの親父は一体何を言いたいのだ、アランはアロを探るようにして見る。
「まあ、私が口を利いてここに落ち着かれた、それはまあ好意でしたことですし、そのことに対してどう思ってほしい、どうしてほしい、そんな小さな了見はこのアロ、仮にもオーサ商会、仮にも大商会と言われる会長の身で何一つ求めてはおりません」
「はあ、さすがに大商会の会長様です」
ますます何が気に入らないのか分からない。
「私が言いたいのはですな、その、昨日のことです」
「昨日のこと?」
アランには何が言いたいのかまだ分からない。
アロは焦れるように言葉を続ける。
「私は全く知らなかったのです。ですが、街で噂になっておりますとな、自然に耳にも入って参ります」
まだ何を言いたいのかが分からない。
「あの、申し訳ありませんが、何のことをおっしゃってらっしゃるのかさっぱり」
「お茶会です!」
アロは一際大きな声で言う。
「マユリア主催のお茶会にディレン殿も呼ばれたそうではないですか」
「あ、そういうことですか」
アランはやっと得心がいった。
「そうですとも」
椅子から上半身を前のめりに浮かし気味になっていたアロが、どさりと腰を落とす。
「一言お声をかけていただけましたら、どれほど光栄だったことか」
つまり自分もお茶会に参加したかった、そう言っているのだとやっと分かった。
「あ、これは、気がつきませんで、申し訳ありませんでした」
アランが深々と頭を下げる。
言われてみれば、今エリス様ご一行がここに落ち着いていられるのはこの会長の人脈によるものが大きい。
「確かにおっしゃる通りです、大変申し訳ありませんでした」
素直に謝罪するアランにアロの感情も収まってきたようである。
「いやいや、頭をお上げくださいアラヌス殿」
若い者にここまで頭を下げさせる自分を少し恥ずかしく感じたようだ。
「いえ、おっしゃる通りです。あまりに気がきかぬこと、大変申し訳無いことを」
もう一度そう言ってアランが頭を下げ、
「以前、会長のお嬢様がこちらの宮の侍女をやっていらして、しかもマユリアとも懇意になさっているとお聞きしました。それでしたらもう何度もマユリアともご面識があり、お茶会など珍しくもないものかと」
「いやいやいやいや」
言われて恐縮する。
「確かに私の娘は奥宮までの出入りを許していただきマユリアにもひとかたならず可愛がってもらっていたものですが、そこに親子だからとて私情を挟むような娘ではございません」
「そうでしたか」
「それに、今は宮を辞し、結婚をして一家の主婦となっている身です」
「え、そうなんですか」
意外な話にアランがびっくりする。
離れた位置で聞いていたトーヤも驚いた。
「ええ。もっとも、今もなにかと宮の御用を承っている身で、当時と同じように出入りはさせていただいておりますが」
「そうなんですか。てっきりここを辞められたらもう関係はなくなるものとばかり思ってました」
「いや、昔はそうだったようですが。なんと申しますか、まあ優秀な娘でしてな」
さっきまで怒りで赤かった顔が、今度は娘の誇りで紅潮して赤くなる。
「月虹兵というものがございまして、今ではこの街でなくてはならぬお役目となっておりますが、その月虹兵の、なんと名付けが我が娘であるのですよ、いや、ははははははは」
そう言って得意そうに笑う。
「それはまたご立派な!」
「いやいやいやいや、それほどでも」
口では謙遜しながらも、もっと話をしたそうな素振りである。
「どのような娘さんでいらっしゃるのかお話を伺いたいものです」
「そうですか、いや、そうですか、仕方ありませんなあ」
出されたお茶で口を潤し、たっぷり話す体制に入る。
「マユリアの肝いりでできた月虹兵です。その最初の世話係がうちの娘なのですよ。それからお世話をさせていただいてる間にですな、ご縁がありまして、月虹兵のお一人と結ばれました」
「それはまたおめでたい」
「いやいやいやいや」
またお茶を一口飲む。
「それで宮を辞すことになりましたが、まあ大変優秀でしたし、それまでの実績もあり、それからは『外の侍女』というものができまして、宮から身を引いた後も市井にあって宮のお手伝いをする、いわば女性版月虹兵の、これまた一号になりました」
「おお、なんと素晴らしい!」
トーヤはアロの話を聞き、あまりに変わったリルの身の上話にただ驚くだけだった。