12 新たな助け手
「ルーク殿」
マユリアの口からその名がこぼれる。
「その方とも一度お会いしたいものです」
アランは返答に困る。
そもそも今回の欠席も、あまり近くで会うとマユリアが気がつくかも知れないからだ。
「ですが、今はまだ無理のようですね。まだしばらくはこの宮にいらっしゃるでしょうし、お迎えが来られて去られるまでにはぜひに、とお伝え下さい」
「あ、は、はい」
アランが心の中でホッと息をついた。
そんな話をしていると、ラーラ様が寝室から戻ってきた。
「おやすみになりました」
「そうですか」
「大層楽しそうに、興奮なさっていらっしゃって、なかなかお休みになられなくて困りました」
そう聞いてマユリアがまたほろほろと笑う。
ラーラ様はこうして見るといたって普通の女性だ。
年齢は30半ばを過ぎているが、見た目だけは年齢よりお若く見える。
だが雰囲気は、母そのもの。
そのお姿を見ているだけで癒やされる。
そういう不思議な方であった。
「宮での生活は静かですが、ほとんど変化がありません。小さなシャンタルには使命の重さのみを感じて負担ばかり重いということもあるのです」
ラーラ様はそう言って、やさしく微笑んで「中の国」から来た一行に視線を向ける。
「本日はありがとうございました。シャンタルにも良い思い出になりました」
マユリアの輝くような美貌、シャンタルの少女らしい可憐な美しさとはまた違う、にじみ出てくるように癒やしを与えて下さる方だ。
「いえ、こちらこそ、楽しいひとときをありがとうございました」
ストールを外し、素顔を晒したベルがそう言って頭を下げる。
「エリス様も、ずっとふさぎ込むようなことばかりでしたもので、このように楽しそうなお姿を見るのは久しぶりです」
「それならばよかったです」
そう言ってマユリアがにっこりと笑うが、少し表情を固くして続ける。
「お聞きになっておられるかどうか分かりませんが、数年のうちにシャンタルの交代というものがございます。その後、この宮がどう変わるのか、それはわたくしにも分かりません」
「そうなのですか?」
「ええ。特に今回は……」
ラーラ様も少し困ったような顔でマユリアを見る。
「わたくしは人の身に戻り、シャンタルがマユリアをお継ぎになります。ですがまだ幼くしていらっしゃいますので、誰かが後見のようにお助けしなくては」
「ええ、今まではキリエがいてくれたので、心配するようなことはなかったのですが」
ラーラ様がそう言って、同じ部屋の少し離れた場所に控えているキリエを見る。
キリエもお茶会に同席していた。
だが、侍女の立場なので招待客と席を共にすることはなく、自分は少し離れた場所に席を設け、そこからお茶会の様子を見ながら「食事係」「接待係」の者たちに指示を出していたのだ。
「キリエの年齢から、侍女頭の交代という話も少しばかり出ております。そうなったらキリエの責任でお預かりしていたみなさんの身も、どうなるか分かりません」
「ええ、それまでにお迎えが来られればいいのですが」
ラーラ様もマユリアに同意する。
「キリエ、こちらへ」
マユリアに呼ばれ、立って近寄る。
「キリエもそこへ座ってください」
マユリアが本来なら「ルーク」が座るはずであった椅子を指し示し、キリエがそこに座る。
「これからのことを少しお話いたしましょう」
マユリアがその場を仕切り、お茶会が秘密会議のようになった。
「キリエ」
「はい」
「おまえは、この方たちをどうすればいいと思いますか? 自分が退いた後のことまで考えず、引き受けるようなおまえではないでしょう?」
マユリアはキリエに全幅に信頼を置いている。
その言葉だけでそれが伝わってきた。
「私は、自分が退くまでにこの方たちは宮を去られる、そう確信しております」
キリエは知っている。
「ルーク」が誰なのか。
そして「エリス様」が誰なのかを。
「では、この先のことはあまり考えずともよい、そう考えているのですか?」
「はい」
マユリアが少し顔を顰める。
心配のために乗せられた影すら美しい。
「それは、おまえらしくない、無責任とも取れる発言だと思いますが」
「いえ、大丈夫です」
きっぱりとキリエは言う。
「そしてそのことは、マユリアの御為にもなることと、それも確信しております」
「わたくしの?」
「はい」
マユリアがどう説明していいのか分からない、複雑な表情を浮かべた。
「おそらく」
キリエが主の言葉を待たずに続ける。
「この方たちは『新たな助け手』だと私は思います」
「助け手……」
マユリアが懐かしむようにその言葉を口にする。
「はい、そうです。八年前と同じく、こたびはエリス様御一行がこの宮のためにこの国に来てくださいました」
「この国のために」
「はい」
キリエが表情変えぬまま頷く。
「おまえがどのような経緯でそう思うに至ったのか、は話してはもらえぬのでしょうね」
「はい、今はまだ」
「ですが、きっと時は満ちます」
マユリアが懐かしい言葉を口にする。
「その時、色々な、私も知らぬ秘密を教えてもらえるのでしょうね」
「おそらくは」
マユリアが侍女頭の顔をじっと見つめ、
「わたくしはおまえを信じています。おまえがそう言うのなら、きっと心配することはないのでしょう」
そう言った。