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 9 夢の中の女

 お茶会当日、午後過ぎ早くからのお茶会ということで、この日は朝食を遅めにしてもらい、昼食は食べずにいることにした。


「では、ご案内いたします」


 キリエが直々に一行を案内する。

 「エリス様」と侍女の「アナベル」、護衛の「アラヌス」とアルロス号船長ディレンの4名だ。


「ルーク殿はどうなさいました」

「いや、少し体調を損ねまして」

「大丈夫なのですか?」

「はい、それほど大したことではないんですが、やはり粗相があってはならないということと、今日はじっと座っているのが辛いらしくて」

「さようですか」


 少し「ルーク」を気遣うように顔を向け、軽く頭を下げてからキリエはあらためて、


「では、参ります」


 そう言って一行を案内する。




『場所はおそらくマユリアの客室だろう、だったら『前の宮』の一室だ、そんなに気張るほどの場所でもねえ』


 トーヤはそう言っていたのだが、予想に反して一行は「奥宮」へと連れて行かれた。


 警護の衛士たちに声をかけて「奥宮」の最奥へ。

 案内されたのは、なんと「シャンタルの私室」であった。



 豪華な扉を開くと、そこは広い応接室。


(こりゃあ、前にシャンタルに見せられたあの部屋じゃねえか)


 アランは心の内で息を飲んだ。

 

 あの時に見せられたあの部屋、あの豪華なソファのある部屋。


(ってことは、やっぱりあの時の女がマユリアかよ、おい……)


 あのソファは置いてあるが、そこには人の姿はない。

 

 一行はキリエに案内され、ソファを通り越して食卓に使っているらしいテーブルの方へと案内された。

 



 テーブルの上にはきれいに色とりどりの花が飾られ、それぞれの席にきれいなマットが敷かれていた。

 各々が案内された席につく。


 ただ、「エリス様」だけは少し離れた、衝立の中に入って座る。

 「アナベル」がその隣に並んで座る。


「奥様はご家族以外の方の前でお食事をなさることができません」


 前もってそう伝えると、


「では、どのようにすれば共にお茶を楽しめるでしょう?」


 と尋ねてきたので、


「衝立などで隠していただけたら」


 そう答えたところ、このように設えてくれたらしい。


 「エリス様」は衝立の中に入ってしまうと、すぐ横に侍女が座り、衝立の間の上から布を垂らしてあるので食事をしても外からは見えないようになっている。


「お気遣いいただきありがとうございます、とおっしゃっています」


 「アナベル」がキリエに伝える。

 キリエが黙って会釈をした。



 そうしていると、奥の部屋から人影が近づくのが見えた。


 まずラーラ様に手を引かれたシャンタル、当代シャンタル、その後ろから……


(あれだ、あの女だ、俺があの時見た女……なんて……)


 アランが息を止めてしまう。




「お待たせいたしました」


 3名の女神が並び、向かって一番左、一番最後から来た、濃い紫の衣装の黒髪の女性が微笑みながら声をかける。


「謁見の間ですでにお会いになってらっしゃいますよね、こちらがシャンタル、そして隣がシャンタル付きの侍女ラーラ。わたくしはマユリアです」




 誰も声を出す者がいない。




 アランは夢で見たマユリアの姿そのまま、目の前に現れた高貴の色に包まれた女神に魅入られて動けなくなっていた。

 まさか、夢がそのまま現実になるなどと……




 ベルは、侍女のストールの中でやはり固まっていた。


 シャンタルの美貌で美しい人を見るのに慣れている、と自分では思っていた。

 だがまた違う。


 慣れていると(たか)(くく)っていただけに、予想を(くつがえ)され、どうしていいか分からないように動けなくなった。




 ディレンの反応はごく普通の人がするそのまま、ごく普通に口を開け、ただ呆然と見惚れていた。

 それ以外にできることはない、そういうことだ。




 マユリアはそのように見られるのに慣れている。

 幼い頃から、まだシャンタルであった時代から、自分に初めて会う者はみなそうだったからだ。




(いえ、ただ一人、そうではなかった者がいる)




 3人の様子を見ながら、ふと思い出していた。



 その男は寝台の上で上半身だけを起こし、こちらを怪しむように見ていた。

 マユリアはその様子をひどく愉快だと思った。


 なぜなら、今まで自分をそのような目で見た者がいなかったからだ。


 男の様子はひどくマユリアを楽しい気持ちにさせた。


「お気がつかれましたか?」


 そう声をかけると、男はうんざりだという顔になり、


「お気がつかれましたが、どういう状況なのかよく分からないので困ってるところだ」


 そう答えた。


 マユリアは心の底から楽しくなり、この者で間違いがない、そう確信した。




(そう、トーヤはいつでも私を愉快な気持ちにさせてくれました)




 あの時の浮き立つような気持ち。

 同時に、これから起ころうとしていることへの恐れ。

 今、また自分がその気持になっていることに気づいた。


 そうして部屋を見渡し、1人、人数が足りないことに気がついた。


「1人、足りないのではありませんか? 5名と伺っていたのですが」

「あ」


 マユリアの声に、反射的に、声を出すつもりもなかったのにアランの口から声が出る。


「どうなさったのですか?」

「あ、あの、あいつは、あの」


 一度空気を吸って気持ちを整えるが、間に合わない。


「ルーク殿は本日体調不良のためにご遠慮なさるそうです」


 キリエが後を引き取ってそう言った。

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