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 8 招待状

「え、俺たちに会いたいっておっしゃってるんですか?」


 アラン、いや、「アラヌス」が困惑した顔で聞き返す。


「ええ、そうおっしゃっています」


 鋼鉄の侍女頭、キリエが答える。


 昨日の午後、「奥宮」では静かな嵐が吹き荒れていた。

 その夜、かなり遅くにマユリアからキリエに言伝があり、それを受けて今朝早くにキリエが「中の国」一行の部屋へと足を向けたのだ。


 キリエが「アラヌス」に一通の封筒を差し出した。


 上等の紙に金色で装飾がある。

 そこに濃い紫の封蝋で封をしてあった。

 マユリアからの親書だ。


 「アラヌス」はこの部屋の主である「エリス様」、その侍女の「アナベル」、それから同僚の「ルーク」に向けて顔を振ると、一つ頷いた。


 腰から短刀を引き抜くと、それを使って封を切る。

 中から薄いレースのような紙に添えられた、封筒と同じ金色の装飾のあるカードが出てきた。




『一度お国のお話などを伺いたく思います。ぜひともお茶会へおいでください。』

 



 最後にきれいな筆跡で「マユリア」と署名がある。

 正式な招待状だ。


 一同は顔を見合わせて困惑した。


「いかがなさいます?」

「いや、いかがなさいますって言われても……」


 「アラヌス」が困った顔でキリエを見る。

 相変わらずの圧に、そっちはそっちで見るのに困る。


「正式な招待状です」


 感情なく、淡々とそう言う。


「いや、あの、そうなんですが……」

「いかがなさいます?」


 明らかに「出席しろ」と言ってるじゃねえかよ、とアランは心の中で舌打ちする。


「分かりました、お受けいたします。ありがとうございますとお伝え下さい、とのことです」


 「アナベル」が困りきっている「アラヌス」の後ろからそう言う。

 「アラヌス」が驚いてそっちを振り向いた。


「分かりました、ではそのようにお伝えいたします。詳しい時間や場所などはまたお伝えしに参ります」


 キリエはそう言うとするりと立ち上がり、会釈を一つしてあっという間に部屋から出ていってしまった。




「お、おい、いいのかよ」


 アランが包帯男に振り返ってそう聞く。


「うーん、まあ、俺は行くわけにはいかねえが、おまえらは行ってくりゃいいんじゃねえの? マユリアが出してくれる菓子はうまいぞ~」


 トーヤがさらりとそう言う。


「え、そんなうまいの?」


 ストールを被った侍女の中からゴクリと息を飲む音がする。


「うまいな、『奥宮』で出る菓子はそりゃもううまい。ついでにお茶もうまい」

「おいおいおいおい~」


 ベルがたまらずストールを巻き上げると、


「ここに来てから毎日毎日、すんごいうまいもんばっかり食ってんのに、その上まだこれよりうまいってのか? おい~あたっ!」


 満面の笑みを浮かべながら全身身悶えして喜ぶベルと、最後のはそれを後ろから兄に張り倒されたためだ。


「そんなこと言ってる場合じゃねえだろうがよ」

「え~だってよ、兄貴」

「だってじゃねえ」


 妹をキッと睨みつけ、


「なあトーヤ、大丈夫なのか?」


 真面目な顔でそう聞く。


「大丈夫かどうかでいうとそこは分からんが、何にしてもお断りってのはできねえだろ?」

「そりゃまあそうなんだが」

「けどまあ、俺は行くわけにはいかんな。うまい菓子は惜しいが」

「なんでだ?」


 ベルが聞く。


「そりゃおまえ、謁見の間ぐらい遠くならいいが、お茶会しようってぐらい近い場所で会ったら、もしかしたらバレるかも知れねえだろうが。実際、キリエさんには気づかれたしな」

「そうか……」


 キリエは一度トーヤと会って話はしているが、それでも、もう知っていると分かっていても、あくまで「エリス様」とその一行としての態度を崩さない。


「すごいよな、あの人、そのへんが」

「ああ、全くだ」


 ベルの言葉にアランも同意する。


「まあとにかく、だ」


 トーヤが続ける。


「俺は、そうだな、体調崩したかなんとか言って、おまえらと後、ディレンの4人で行ってこい。そんで様子見てこい。場所は多分、俺らがお茶会してたマユリアの客室じゃねえかな」

「シャンタルとお茶会やってたか?」

「そうだ」

「なあ、シャンタルはその部屋覚えてる?」


 ベルが奥様を振り返って聞くと、


「う~ん、覚えてないなあ」

「やっぱりか」


 お茶会で必死にシャンタルの心を開かせようとしていたが、とうとう最後まで無理だった。覚えていなくても不思議じゃない。


「そんじゃ余計いいじゃねえか。『エリス様』も初めてのお部屋だ、珍しそうにしてこい」

「そうなのかもなあ」


 不安そうにだが、ベルもそう言う。




 その日の午後、またキリエが部屋にやってきて、お茶会は明日の午後ということになった。


「ディレン殿にもお越しくださいとのことですので、連絡をよろしくお願いいたします」

「分かりました」


 アランがそう言って頭を下げ、そのまま一度リュセルスへ出て連絡に行くことになった。




「なんだって? そりゃまあ、またどえらいことになってるじゃねえかよ」

「すごいですね船長!」


 ちょうどディレンはアルロス号へ来ていたので、一緒に話を聞いたハリオが大興奮して大騒ぎとなり、他の船員たちにも、そしてまたその先から街の者にまで話が伝わる。


「奥様御一行がマユリアとお茶会をなさるそうだ。アルロス号船長も一緒だそうだ」


 その日の夜にはその話題でもちきりとなった。

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