1 セルマ
セルマは不愉快に感じていた。
衛士から、
「マユリアがキリエの私室へ行った」
との報告を受けたからである。
セルマは「取次役」としてマユリアとだけではなく、「奥宮」と「前の宮」の間のすべてを取り次ぐ立場にあると考えている。
そして実際に、すべてがそのように流れるようにとこの3年、色々と手を尽くしてきていた。
「マユリアにお会いしてきます」
執務室に控える侍女にそう言うと、部屋を出て奥宮の最奥へと向かった。
「失礼いたします」
思った通り、マユリアはシャンタルの応接にいた。
ソファに小さな主とラーラ様と3人で座り、何やら楽しそうに話をしていた。
「セルマ、取次もなくいきなり訪問は失礼でしょう」
ゆるやかにラーラ様が嗜める。
「ラーラ様」
ラーラ様は三代前のシャンタル、先代マユリアであるところから、一応は「様」を付けて呼ぶものの、立場の上では今は自分の方が上であるとの考えを隠さぬ瞳で続ける。
「その取次役が『わたくし』です。ですから、わざわざ自分で取次を頼み、それから訪問というのもおかしな話だと思いますが?」
「あなたではなくとも、誰かに頼めばよろしいでしょうに」
どちらかというと気弱に見えるラーラ様が、珍しく反論を重ねる。
「ラーラ様」
マユリアが声をかけた。
「もう、こうして来てしまったのですし、急ぐ用かも知れません。そのあたりで」
言われてラーラ様が渋々のように口を閉じた。
「マユリア、少しお話がございます」
「分かりました。ラーラ様、シャンタル、少し失礼いたしますね」
そう言ってセルマを自室へと連れて行く。
シャンタルの私室と廊下を挟んだ向かい側にある、奥宮の一室のかなり広いエリアがマユリアの宮殿である。その中の応接へとセルマを通す。
マユリアは自分はソファに座り、セルマにはその向かい側にある椅子をすすめて座らせた。
「なんでしょうか?」
「衛士から聞きました、キリエ殿のお部屋へ参られたと」
「キリエ殿』
今、セルマはキリエと同列どころか、マユリアに近い存在だと自認している。
なので侍女頭といえど、あえて「様」をつけて呼ぶ必要はないし、また呼んではいけないと思っている。
「ええ、参りましたが、それが何か?」
「取次役を通していただかなくては困ります」
セルマはきっぱりと言い切った。
セルマは三年前に神官長の推薦で、新しくできた役職「取次役」に抜擢をされた。
五年前に「誓いを立てて」奥宮付きになり、最初は「食事係」、そして次が色々な係を飛ばして、いきなりの「取次役」に宮の人間がみな驚いたものだ。
大体において「誓いを立てる」者は「前の宮」において何かの係の「取りまとめ役」あたりについてから「誓いを立てて」、その後で認められた者から「奥宮付き」になっていく。
セルマが「誓いを立てた」のは20代後半、少し早いが、ないことはない年齢であった。
「前の宮」にいる間から「奥宮」への出入りも許されていたし、何より優秀な人材であったことから、「誓いを立てたい」と言っても誰も不思議とも思わなかった。
生真面目で、何をやってもうまくこなし、人望もあった。将来の侍女頭候補の一人ではあった。
だが、「取次役」に就いてからというものの、尊大としか思えぬ振る舞いをするようになっている、というのが他の者たちの見方であった。
「体調が悪いと聞き、見舞いに行くのに取次が必要でしょうか?」
マユリアが驚いたという顔で聞く。
「もちろんです」
またセルマがきっぱりと言い切る。
「そもそも、なんのために『取次役』が設けられたのか、マユリアもご存知でいらっしゃいますよね?」
理由の一つが侍女頭であるキリエの高齢化であった。
そろそろ交代をという声が、主に神殿関係から上がってきたが、マユリアが頑として受け入れず、まだしばらくの間はキリエを侍女頭としたいと強く主張したところから、神殿としても諦めざるを得なかった。
その代わり、侍女頭の助けとなる「取次役」を設けることを提案し、その時にもう一つの理由も添えられていた。
『マユリアは常ならば十年の任期。それは世の穢れにより人の身が耐えられぬから。だが、当代マユリアは、悲しい出来事からさらにもう一期の任期を務めなくてはならなくなった。できるだけ清められた聖域中の聖域である『奥宮』にいていただき、少しでも人の世の穢れからその身を遠ざけるためにも、『取次役』は必要である』
つまり、人の世に近い位置にある「前の宮」はこれまで通り侍女頭であるキリエが取りまとめ、「奥宮」はさらなる聖域として一線を画すこととする。そうすることでマユリアの身を俗世の穢れから守り、次の交代まで無事に任期を務められるようにお助けするため、2つの宮の間で様々な事柄を取り次ぐための役職である、というのがその理由だ。
「ですから、直接キリエ殿にお会いするということは、マユリアの身を危険に晒すこととなるのです。ご理解いただけるでしょうか?」
そう言うとセルマはふうっと悲しげにため息をつき、
「そのために、どれほど恨まれようと憎まれようと、役目を守るために尽くしておりますこのセルマの気持ちを、少しで構いません、お分かりいただきたいのです」
そう付け加えた。