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リナ&カレン  作者:
3/3

三(終)

 この頃、兄のリナ話がうざい。

 週四で家庭教師をしている女子中学生リナの素直でかわいらしいところ……ああいう子は俺がちゃんと育ててやらなきゃ! とか。リナがさぁ、俺がかなり前に教えたことをまだ覚えてるんだよ、いやあ嬉しいね、とか。

 どんだけ好きなんだよ。兄貴本人は何か言った次には必ず「恋愛感情とかじゃないぞ。あくまで俺は家庭教師!」と付け足すけど、それがまた輪をかけてうざい。

 しかもそのリナと今度デートをすることになったらしい。兄貴は「悪い男に引っかからないためにさ、俺といういい男を教えておく必要があるんだ。これは決して恋愛感情があるわけじゃないぞ」と言っているけど、いやいや、普通にデートしたいだけだろ。

 優秀で、僕の目標でもあった兄貴だけど、まさかただのロリコンだったとは。そのリナという中学生は、僕には全く魅力的に思えない。無垢で、何も知らなくて、でも学ぶ意欲は誰よりもあって……って言えば聞こえはいいけど、要するにその……現時点ではバカってことじゃないか。かわいがって育てるのはいいけど、それに恋をするのは違うと思う。異性として惹かれるのなら、やっぱり、大人で、何でも知っていて、新しい世界に引き上げてくれるような……。

 そう。カレンさんのような……。

 そこまで考えて、僕は一気に赤面した。

 恋……なのか、これは。

 いや、否定なんてしない。カレンさんはとても魅力的だ。僕は、彼女を好きになって当然だ。

 ……今日きづいた、この気持ちを大切にしよう。

 その後は、踊り出したいくらい一分一秒が幸せだった。放課後、書店でカレンさんに会う。片思いだけれど、向こうは小学生の僕なんか眼中にないのだろうけど、そんなのは些細なことだった。僕は彼女の目で一人の人間として認識されて、他愛ない話をすることができて、それだけでよかった。

 僕の初恋が、カレンさんでよかった。


 日曜、午前中はいつも勉強というルーティーンの兄貴が、いそいそと出かけていった。去り際に、僕だけに聞こえるように、

「今日だぜ」

 と言っていた。

 果てしなくどうでもよかったのだけれど、そのあと自室のベッドに寝転がりながら、自分とカレンさんのデートを想像した。

 僕は……当然だけどデートなんて未経験だ。いや、小説を読んで知識としてだけは知っている。でも、現実はそれとはまた違うはずだ。はっきり言って、うまくやれる自信がない。ましてやあのカレンさんが相手だ。その仮定すらも畏れ多い、僕にとっては雲の上の人……。

 彼女はきっと、「そんなもんだよ」と言いながら、すべてを大目に見てくれるだろう。

 だとしても、そればかりじゃだめだ。教えてもらうばかりじゃだめだ。

 僕は、カレンさんと釣り合う男になりたい。

 バタバタと支度をして自転車を跨いだ。兄貴はデート場所は言わなかったが、待ち合わせは図書館前で間違いない。オーソドックスに十時待ち合わせとして、兄貴は必ず十五分の余裕をとる人間だ、家を出たのが九時半……ここから自転車で十五分の待ち合わせスポットといえば図書館しかない。案の定、兄貴の自転車はなくなっていた。そういう諸々の推理を抜きにしても、単純に地の利で兄貴は行きつけの図書館を選んでいるはずだ。先週はずっと、デートを完璧に成功させると豪語していたのだ。

 それもリナに最高の男を教えるためと言っていたが……性格や動機はともかく、実力だけは認めざるをえない兄貴だ、カレンさんのために、僕も学ばせてもらう。



 かなり飛ばして、九時五五分に図書館についた。駐輪場と敷地を阻むフェンスの向こう、鉄製オブジェの前に兄貴はいた。

 リナはまだ来ていない。もしすでに合流して移動していたら見失っていたかもしれなかったので助かった。

 フェンス越しとはいえ兄貴との距離は近いが、こちらに背を向けているので僕には気づきそうにない。というか、この駐輪場の方を全く気にしていない。つまりリナは反対側の正門から歩いてやってくるということか。彼女の家付近を待ち合わせに選んだということだ。考えてみれば当たり前の配慮だが、僕は頭の中に強い筆圧でメモをした。

「おーい、リナ」

 どきりとした。兄貴が声をあげた。あの兄貴がデートをするという事実が、今更になって僕の中に押し寄せてきた。勉強一辺倒で、女子との付き合いなどあるはずのない兄貴の初デート。勤勉な姿勢がすべてを解決すると信じる兄貴の、運命をかけた一戦。彼と同じ血が僕にも流れているのなら、これは、僕の運命でもあるはずだ。

 兄貴に手を振りながら、一人の少女がやってきた。

 それは、水色のワンピースに花柄のキャミソールを羽織って、甘えたようなあどけない表情をした、

 ……カレンさんだった。

 顔を見るまでは、いや、顔を見てからも、人違いを疑った。それくらい、印象が違った。

 でも、間違いなくカレンさんだ。何度も見て何度も夢想したあの顔を忘れるわけがない。

 どういうことだ、なにがおきているんだ……無知で、無垢で、愛らしい小動物みたいなリナは、僕がずっと憧れていた、大人っぽいカレンさんだった……?

 二重人格? 双子? クローン? パラレルワールドからやってきたもう一人の自分?……本気で、僕の頭はそんなことまで考えだした。

「ごめんなさい。待ってましたよね」

「そうでもないよ」

 向かい合って笑い合う二人。カレンさんよりも、兄貴は背が高い。


 …………僕は、気づいてしまった。


 小学生の僕にとって、中学生は大人だ。

 でも、高校生の兄貴にとっては、子供。

 そして、カレンさんにとって、僕は子供で、

 兄貴は、大人……。


 そのとき、視線が動いて、

 ――僕は彼女と目があった。

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