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「もし、澠池へ行かなければ、天下に秦に屈したと喧伝するようなものです。気を良くした秦王は、更に我が国へ軍旅を向けるでしょう」
廉頗は恵文王に強く反対した。
しかし、納得のいかない恵文王は、救いを求めるように藺相如をみた。
「廉将軍の言ったとおりになりましょう。秦に弱腰をみせたあとでは、諸侯との関係も難しくなるでしょう」
藺相如までもが、行くよりないと首を横に振る。
そのあとも、恵文王は渋ったが、ふたりに強く反対された。
恵文王は愚かな王ではない。
ふたりの強い説得で、自分が出向かねばならないことを理解すると悲壮な決意を固めた。
「もし帰国することが叶わぬなら、太子を王として立てよ」
これを聞き、驚いて黙ったままの廉頗の方をみると、恵文王は続けた。
「そのような事態になれば、我が弔いとして、そなたが軍を率い秦国を伐つのだ」
声を励まして、力強く廉頗をみた。
「王が千年(亡くなる)の後には必ずや敵討ちいたし、昭襄王を屍にいたします」
答えた廉頗にも、恵文王の覚悟がわかった。
なんといっても、相手は昭襄王である。いかなる事態が起こるかわからない。
藺相如も恵文王の決意を聞き、声をあげる。
「繩池の会見には、私も共にまいります」
命を捨てて、恵文王を守る覚悟をした。
祝宴ということもあり大軍を率いるわけにはいかない。
結局、少数の兵ではあるが、廉頗が選抜した精鋭のみで軍を編成することにした。
人数に不安はあるが、山賊を退けるには多過ぎるし、秦の批難をかわすには限界だろう。
藺相如がこの鋭兵を率いて、恵文王と旅立った。
見送った廉頗は、兵を集めるように指示を出し、不測の事態に備える。
だが、繩池は秦国内であるため、変事の報をきいてからでは、軍を率いて急ぎ駆けても、間に合わないことは廉頗にもわかっていた。
そのため、もし三十日のちにも恵文王の帰国がなければ、新王即位を決めている。
恵文王を虜にして、無法な要求をしたり、王不在の趙への侵攻を考えんとする、昭襄王の野心をくじくためであった。
廉頗は、恵文王の消えた先を見つめて、無事に趙へ帰国することを願った。
その恵文王だが、繩池に到着して絶句する。
出迎えた昭襄王は、秦の大軍を率いていたのである。