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春秋戦国物語  作者: 梅を愛でる人
荘王
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2

 循吏列伝によれば、無位無官の身で市井にあった孫叔敖は、虞丘子の推挙により、一躍、令尹に任じられている。


 だが虞丘子の推挙がなくとも、すでに孫叔敖は徳者として国中に知られており、新たに令尹となるや民が歓喜したのである。


 この孫叔敖には幼い頃の逸話がある。


 ある日、孫叔敖が遊びに出たところ、頭をふたつ持った双頭の蛇にあったのである。


 この当時、双頭の蛇をみた者は死んでしまうという民間伝承があった。


 孫叔敖は家に帰ると、落ち着かないようすで食事にも手をつけない。


 心配した母親がわけを訊ねると、泣きじゃくりながら話はじめた。


「双頭の蛇をみてしまったのです。言い伝えのとおりならば、もうすぐ私は死ぬでしょう」


「その蛇はどこにいますか」


「他の人が蛇をみるといけないので、殺して埋めました」


 それを聞くと母親は、孫叔敖の頭を優しくなでた。


「隠徳ある者には、陽報があります。天は高きにあっても、これを知っています。大丈夫、あなたが死ぬことはありません」


 母親のいったとおり、孫叔敖は天寿を全うするのである。



 孫叔敖が令尹に任じられたことを祝って人々が集まったが、そのなかで、狐丘の老人は戒めの言葉を贈った。


「世に三怨があることを知っているか」


「存じません」


「されば、教えてしんぜよう。爵高き者は人これを憎み、官大なる者は主これを(にく)み、さらに、禄厚き者はこれに(およ)ぶという」


 老人は背の高い孫叔敖を、試すように仰ぎみる。


「それでは、爵高ければ辞を低くし、官大となれば身を小さく、禄厚ければ人々に施しましょう。これで三怨から免れることが出来ましょう」


 孫叔敖の答えをきいて、老人は満足そうに微笑んだ。


 この言葉は、孫叔敖の政治姿勢そのものであるが、その凄みは生涯この姿勢を貫くのである。


 荘王に重用された孫叔敖は期待にそむかず、人格者でありながら有能でもあった。


 孫叔敖は令尹となると民を教え導いたので、楚の臣民は上下和合し、その風俗は美しく盛んであった。


 政治はやわらかでありながら、禁じたことは守られ、官吏に姦邪なる者は一人としてなく、盗賊は領内から姿をけした。


 秋冬には、民を山野に入れて竹木を伐採させ、春夏には、河川の増水を利用して運搬した。


 楚の民は、孫叔敖によって得られた利便に感謝し、みな生活を楽しむことができた。


 孫叔敖が令尹となってしばらくして、荘王は貨幣が小さく軽すぎるとして、大型で重みのある貨幣に改めた。


 だが、この大型の新貨幣は不評であった。


 大きすぎる貨幣の不便さから、領民のなかには生業より去っていく者まで現れたのである。


 市場の混乱は収集がつかず、ついに市令(長)は、孫叔敖に泣きついた。


「市場は乱れ、商民は安んじて住むことができず、店の順も、行く所も定まりません」


「そのようになったのは、いつ頃からか」


「三月ほど前からになります」


「退がっていてよろしい。いま戻してみせよう」


 足早に孫叔敖が向かったのは、王宮ではなく市場であった。


 新貨幣が導入されてから、混乱にある市場を入念に調査して、五日のちに出仕したのである。


 荘王に朝見した孫叔敖は、市令の言葉と併せて、自らの目で市場のようすを確認したことを伝えた。


「前日、貨幣が軽すぎるとのことで改められましたが、どうか元のごとく戻されますよう」


 誤りに気付いた荘王は、調査した内容を詳しく訊ねることなく許すと、ただちに以前の貨幣に戻すよう告げた。


 荘王の命令から三日のちには、市場は落ち着きを取り戻したのである。



 またしばらくして、このようなこともあった。


 楚の民俗では車高の低い馬車が好まれたが、これは馬をつけるには不便であり、煩わしさを感じた荘王は、命令を下して馬車を高くさせようとした。


 だが、進みでた孫叔敖はこれに反対した。


「王令がしばしば下れば、はたして民はどれに従っていいのか知らず惑うばかりです。


 車を高くと欲するのであれば、臣が閭里(村落)に教えて、入口の門の梱(しきみ:両扉の支え木)を高くいたしましょう。


 車を用いるのは富貴の者であり、しきりに乗り降りすることを嫌うでしょう」


 荘王が進言をいれて半年もすると、貴族は里門での頻繁な乗り降りにうんざりして、自発的に馬車を高くした。


 こうした逸話から想像できるように、孫叔敖は直諫の士でありながら、機智に富んで柔軟であった。


 そして、孫叔敖が奏上したことには楚の法制があり、荘王に強く不備を指摘して整えている。


 さらに軍旅を発することの多い楚軍においても、軍令、兵制を改革して非凡な才をみせた。


 晋の士会は楚の政治を称賛し、令尹である孫叔敖の内政を高く評価している。


 この士会は卓越した軍略の才をもっていたが、楚との会戦時、孫叔敖の軍令に従って楚軍が整然と進むのをみるや、厳しく警戒し、軍事においても孫叔敖の手腕を高く評価したのである。

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