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厨武子と趙旃のふたりは、和睦のためとはいえ、戦時であり兵を率いて楚陣へと向かう。
厨武子は不満をあらわに趙旃に言った。
「私は和睦の軍吏など、望んではいない」
「もちろん、そんなことは分かっている」
いぶかしむ厨武子に、趙旃は意味ありげな笑顔で続ける。
「このまま楚陣へ向かい、荘王の首をとればよい。手柄を立てれば、我らが命を違えても罰することは出来ないだろう」
手勢を率いたふたりは、宵闇のなか楚軍に近づき、荘王の陣所を探すと夜明けを待った。
だが、一方の荘王も和戦が決まらぬ晋を不審に思い、警戒していた。
三十乗の兵車を左右に分けて、常に一隊を変事に備えさせていたのである。
じきに夜が明ける頃、待ちきれぬ趙旃は苛立つように厨武子を促す。
厨武子が頷くと、兵士たちを振り返り出撃を命じた。
趙旃の下知のもと、晋兵らは荘王の首を目指して一斉に攻めかかる。
厨武子も自ら先頭を駆け、おめきながら突撃した。
楚兵を斬りふせながら荘王を求めて進む。
だが、次々と立ち塞がる楚兵に勢いを止められ混戦となった。
先ず異変に気付いたのは趙旃だった。
(荘王の本陣は、夜襲に慌てるようすがない)
嫌な予感を振り払うように攻めたてる。
やがて夜が明けると、激戦のただなかにある厨武子も、楚陣を見て荘王に備えがあったことを悟る。
このまま戦っても、やがて来る楚の三軍が加勢すれば勝ち目はない。
策が見破られたことに気付き、ただちに退却を命じた。
一方、荘王も、これを知り本軍に追撃を命じると、自らも出撃したのである。
追う荘王に慌てたのは、趙旃らばかりではない。
孫叔敖も、荘王の陣が夜襲を受けたのを知り、楚の残る全軍を率いて向かっていた。
襲撃は、晋将の率いる一部隊のみだという報せに、危機感はなかった。
だが続いての報告によると、荘王が本陣の兵のみを率いて追撃しているという。
うかつに追えば、敵にどのような備えがあるやも知れず、孫叔敖は慌てて進軍を速めた。
だが荘王の追撃は激しく、孫叔敖は、やがて控える晋軍に荘王が取り込まれるのでは、と恐怖した。
荘王の追撃が続くなら晋の陣まで逃げきれぬと考え、趙旃は良馬を父と兄に譲った。
自らは鎧を脱ぎ捨て脇にそれると、林に紛れ必死に逃げた。
だが、兵卒らはさらに悲惨であった。
目指す晋軍は、未だ見えず、足の衰えた者から楚軍に呑まれてゆく。
しかし、晋の三軍が滞陣している地まで懸命に駆ければ、追撃から逃れ、命の危機は去るのだ。
それどころか自陣の兵のみで追ってくる荘王に対して、立場を逆転するのは明白だった。
そして、肝心の晋軍は意外にも目前であった。
和睦の使命を果たしたであろう趙旃と厨武子を出迎えるため、荀林父が晋軍を率いて向かっていたのだ。




