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九鼎とは、夏、商、殷と伝えれた、王位伝承の象徴とされた宝器である。
青銅で鋳造された九つの鼎は、古代中国の九つの州になぞらえて、それを持つものは大陸全土の覇者とされた。
「何故のお訊ねですか」
王孫満は戸惑いを隠せない。
荘王は不遜な態度のままに答える。
「九鼎を楚に持ち帰るために訊ねておる」
衰えた周王朝から代わって、楚が天下の主となるというのだ。
荘王の無礼な言葉に、王孫満は怒りを覚えた。
「九鼎とは夏王朝の始祖である禹王が、金(青銅)を九州より献上させ鋳させた宝器であり、以降、三十代、定王に至るまで七百年継承された物です」
宝器の起源を説いて、荘王の思い上がりを咎めた。
しかし、これを聞いた荘王は不敵に笑って言った。
「周では九鼎を恃みにしておるようだが、楚国では鉾先の欠片を集めても九鼎を造れる」
王孫満には、天子の治める周王朝の家臣であるという誇りがある。
荘王に対して自然と語気が強まった。
「周王が位を保つのは徳によるもので、九鼎を持つからではありません」
「ほお。周の定王は徳者だというのか」
荘王はおかしそうに訊ねた。
「いかにも。九鼎は有徳の王に継承され、たとえ鼎が軽かろうと、天命なき者に移すことはできません。周室、衰えたといえども天命は定まっておりません。いまだ鼎の軽重を問うべきではないのです」
この王孫満の気迫に満ちた言葉に、荘王は周が九鼎を譲るつもりのないことを知る。
だが、軍を動かして力ずくで奪えば、周王朝を戴く中原諸国のすべてが敵となる。
認められていない王を号していることからも伝わるが、荘王も歴代の楚王の例にもれず、周王朝を敬うことが薄い。
鼎に執着もないため、諦めも早かった。
洛水の畔にいる軍をまとめると、未練なく帰国の途についたのである。




