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天災は避けられず、楚は大飢饉に襲われた。
それだけに留まらず、国力の衰えた楚に対して属国が次々に離反し、反乱した。
だが、荘王に変化はなく、享楽に満ちた宴会は果てなく続き、遊蕩は終わらない。
そんなある日のこと、侍女を抱いて虚ろな荘王の前に、側近の伍挙が進み出て平伏した。
「荘王さま、謎掛け遊びをいたしましょう」
「申してみよ」
酒浸りの荘王は機嫌よく笑って許した。
「阜の上に大鳥あり、三年もの間、鳴かず飛ばずです。何という鳥でしょうか」
「三年も鳴かぬなら、ひとたび鳴けば人々を驚かし、飛べば天をも衝くであろう。伍挙よ、分かっておる。退がれ」
しかし、この後も荘王は変わらず、遊興の日々を続けるのであった。
伍挙の謎掛けに答えたあとも、変わらぬ荘王に堪りかねた大夫の蘇従は、ついに声をあげて直諫した。
荘王は激しく怒り、蘇従を大喝した。
「諫めれば死罪とするのを忘れたのか」
蘇従は決死であった。
「我が主君を名君とするのが、望みであります。命など惜しみません」
荘王は何も言わず蘇従を退がらせると、罰することはしなかった。
翌日、荘王は未明から登朝していた。
荘王は玉座に座り、蘇従に帳簿を渡した。
蘇従は帳簿に記載されているのに従って、朝見へと来た家臣を左右の席に分けてゆく。
右と左に別れた席は、官職や家柄も関係ない様子で、みな不思議に思って首を捻った。
「幾日も宴会をいたしておる間に、国に忠なす良臣と、害をもたらす賎臣を見極めた」
そう一同に告げるや、荘王の行動は峻烈であった。
右に座った者たちを引き上げ、要職に就けた。また新たに目を付けていた者たちを雇う。
その一方、左に座った者たちは免職、あるいは死罪としたのである。
この時に粛清された者たちは、数百名とも言われる。
人事を終えると、荘王はすぐに軍を出した。
爲賈たちを助けるためである。
百僕や慶など、次々と離反する属国に悩んだ爲賈たちは、討伐して再び楚国の威をみせようと考えた。
しかし、遊興にふけり、政務を放棄している荘王には献策できない。
楚の国軍は動かせず、太夫である彼らは、私兵のみを率いて出発したのである。
反乱した国々は連合すると、大軍をもって爲賈たちに対坑した。
爲賈たちは寡兵ではあったが、懸命に策をもって戦っていた。
急ぎ駆けた荘王の軍は爲賈たちと合流すると、次々と離反した国を討ち破り、そのひとつである庸国を滅ぼした。
その後も爲賈に百僕を討たせるなど、瞬く間に南方の諸国を従えたのである。
まさに親政をはじめた荘王は、孫子の言うところの、その動くこと雷の震えるが如くであった。




