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秦軍が混乱から立ち直る隙を与えることなく、李牧は三方から本営に突入させる。
夜が白む頃には、秦兵の屍が無数に並び、将兵を問わず討たれた秦軍の本営は壊滅した。
僅かに逃れた兵が、甘泉市に侵攻した桓騎の軍まで敗走し、趙軍の急襲により大敗したことを報せた。
李牧への激しい怒りに満ちて、軍を転じる。
(わずかな時を支えてくれたなら、挟撃できたものを。趙軍はふたたび塁に籠ったか)
不甲斐ない味方にすら苛立ち、はやる気持ちは急行軍となって李牧を求めた。
李牧は塁に戻らず、肥累の地で鶴翼の陣をなして、到来する秦軍を待ち構えていた。
趙軍をみると桓騎は勢いのままに挑んだが、李牧は左右に張り出した陣を巧みに進退させて秦軍を覆っていく。
訓練された代の兵士は、李牧の手足の如くに動き、死地に飛び込んできた秦軍を痛撃した。
桓騎は必死にあらがい包囲から逃れることができたが、目もあてられぬ大敗であった。
復命した李牧に幽繆王は大いに喜び、その軍略を手放しで称賛した。
「李牧は我が白起である」
李牧は食邑万戸を与えられ、かつて秦軍の象徴であった不敗の将軍に因み、武安君に封ぜられたのである。
さらに三年後には、番吾に攻め寄せた秦軍を撃破すると、南接している韓と魏をふせいだ。
この時代で攻め寄せる秦軍を退けて、しかも領土まで奪ったのは李牧だけである。
六国を侵し続ける秦にとって、ひとり李牧のいる趙だけが鬼門であった。
秦では度重なる敗北に最も武勲の高い王翦を大将として、趙に向かわせる。
秦軍を率いた王翦は太原に進み、さらに別軍が常山、上党に軍を進めた。
趙では、李牧と司馬尚が灰泉山に陣を構えて、寄せる秦軍に備えていた。
王翦は、李牧を警戒してあえて軍を進めない。
隙を伺って睨み合いが続くなか、王翦の陣では将官が集められた。
部下を眺めて王翦は、にこやかに訊ねた。
「どうであろう、李牧の軍と戦って勝てようか」
誰も声をあげる者はなかった。軽々しく勝利を口にできる相手ではない。
「皆、李牧が難敵であることに異存はないようだな。あのような者と戦うことなどない」
王翦が目をつけたのは郭開であった。李牧と趙王の離間を策して、千金を賄賂する。
更に多数の間者を趙に放って流言飛語させた。
「李牧は司馬尚とともに謀反を企てております」
幽繆王は郭開の言葉を否定できない。趙軍を掌握し、武名の響いた李牧を内心では危ぶんでいた。
「秦と密かに結び、趙を破ったならば、代王として封じるとのこと」
郭開が口を開くたびに、李牧への疑念は黒さを増していったのである。




