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春秋戦国物語  作者: 梅を愛でる人
趙の両虎
32/52

5

 秦軍が混乱から立ち直る隙を与えることなく、李牧は三方から本営に突入させる。

 夜が白む頃には、秦兵の屍が無数に並び、将兵を問わず討たれた秦軍の本営は壊滅した。




 僅かに逃れた兵が、甘泉市に侵攻した桓騎の軍まで敗走し、趙軍の急襲により大敗したことを報せた。

 李牧への激しい怒りに満ちて、軍を転じる。


(わずかな時を支えてくれたなら、挟撃できたものを。趙軍はふたたび塁に籠ったか)


 不甲斐ない味方にすら苛立ち、はやる気持ちは急行軍となって李牧を求めた。


 李牧は塁に戻らず、肥累の地で鶴翼の陣をなして、到来する秦軍を待ち構えていた。


 趙軍をみると桓騎は勢いのままに挑んだが、李牧は左右に張り出した陣を巧みに進退させて秦軍を覆っていく。

 訓練された代の兵士は、李牧の手足の如くに動き、死地に飛び込んできた秦軍を痛撃した。

 桓騎は必死にあらがい包囲から逃れることができたが、目もあてられぬ大敗であった。




 復命した李牧に幽繆王は大いに喜び、その軍略を手放しで称賛した。


「李牧は我が白起である」


 李牧は食邑万戸を与えられ、かつて秦軍の象徴であった不敗の将軍に因み、武安君に封ぜられたのである。




 さらに三年後には、番吾に攻め寄せた秦軍を撃破すると、南接している韓と魏をふせいだ。

 この時代で攻め寄せる秦軍を退けて、しかも領土まで奪ったのは李牧だけである。


 六国を侵し続ける秦にとって、ひとり李牧のいる趙だけが鬼門であった。


 秦では度重なる敗北に最も武勲の高い王翦を大将として、趙に向かわせる。

 秦軍を率いた王翦は太原に進み、さらに別軍が常山、上党に軍を進めた。


 趙では、李牧と司馬尚が灰泉山に陣を構えて、寄せる秦軍に備えていた。


 王翦は、李牧を警戒してあえて軍を進めない。

 隙を伺って睨み合いが続くなか、王翦の陣では将官が集められた。

 部下を眺めて王翦は、にこやかに訊ねた。


「どうであろう、李牧の軍と戦って勝てようか」


 誰も声をあげる者はなかった。軽々しく勝利を口にできる相手ではない。


「皆、李牧が難敵であることに異存はないようだな。あのような者と戦うことなどない」


 王翦が目をつけたのは郭開であった。李牧と趙王の離間を策して、千金を賄賂する。

 更に多数の間者を趙に放って流言飛語させた。


「李牧は司馬尚とともに謀反を企てております」


 幽繆王は郭開の言葉を否定できない。趙軍を掌握し、武名の響いた李牧を内心では危ぶんでいた。


「秦と密かに結び、趙を破ったならば、代王として封じるとのこと」


 郭開が口を開くたびに、李牧への疑念は黒さを増していったのである。

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