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春秋戦国物語  作者: 梅を愛でる人
趙の両虎
30/52

3

 李牧は狼煙によって、匈奴の侵入を知ると左右に伏兵を配し、待ち構えた。


 匈奴の騎兵からなる大軍は、快速をもって瞬く間に雁門に迫った。

 草原に群れる夥しい羊と、城門前に布陣する趙軍が単于の目に飛び込む。

 単于が共に駆ける部下たちの方を見やると、みな趙軍を見て薄笑いを浮かべていた。


「せっかく城外まで趙軍が出て来ているのだ。逃げ籠る前にあしらってやれ」


 単于の言葉が終わると、匈奴軍から一斉に矢が放たれる。

 趙兵は盾を並べて身を縮め、短弓から鋭く放たれる矢の雨に耐えた。

 李牧を侮った匈奴軍が眼前まで迫ると、響く太鼓を合図に喚声がおこり伏兵がたった。


 この時、李牧はかなり複雑な陣をかまえていたようであった。


『李牧多爲奇陳』

 李牧、多く奇陳(きじん)をなす、と史記にある。


 突如出現した伏兵に、単于は李牧の策にはまったと知るや、僅かの間に思案を巡らす。

 もはや家畜には目もくれず、ただちに退却を命じた。

 しかし、誘い寄せられた匈奴軍は、すでに李牧の掌中にあった。


 左右から現れた伏兵が、匈奴軍の退路を断つように軍を進めてゆく。

 更に趙軍は十万もの射手が放つ矢の嵐を伴って、包囲を徐々に狭めたのである。

 密集して盾を持つ趙兵が突破を許さず、味方の討たれた人馬が退却を邪魔した。


 命からがら趙軍の包囲を脱した単于が振り返ると、囲みのなかで匈奴の大軍が無惨に討たれ続けていた。


 匈奴は壊滅ともいえる大敗で、この一戦だけで十余万もの騎兵を失ったのである。


 遊牧民族のなかで最大勢力の匈奴を討つや、李牧は一変して守りを捨てた。

 趙軍を率いて長城から出撃すると未知の地に踏み込み、諸部族の討伐をはじめた。


 まず北に進軍して檐襤(たんらん)を全滅させると、東方に転じて東胡を撃破する。

 さらに軍旅を西方に向け、林胡を降伏させた。


 遂には北の草原地帯にまで趙軍は足を踏み入れ、外患であった遊牧民族に次々と立ち直れぬほどの痛撃を与えていく。


 匈奴の王である単于は、遥か北まで敗走し、その後、十余年以上も雁門に近づくことはなかった。




 孝成王の十五年、趙の北方を平定した李牧は、廉頗の副将として燕を撃破する。


 だが、悼襄王が即位すると、廉頗はふたたびの更迭に怒り、魏へと出奔してしまう。


 そこで悼襄王は、将軍に李牧を任じて燕の攻略を命じた。

 趙軍を率いた李牧は、ここでも軍略に冴えをみせ、武遂・方城の二城を陥落させた。




 次に李牧が歴史に登場するのは、七年後である。


 秦に大敗して十万の兵を失った趙では、廉頗を呼び戻そうとしたが、郭開の奸計によって実現しなかった。

 この年、悼襄王は亡くなり、幽繆(ゆうびゅう)王が新たに趙王として即位する。


 幽繆王は太子の時に李牧が有能なことを耳にしていた。

 そこで、李牧に存亡の望みを託すと、大将軍に任命して召還する。


 おりしも秦将の桓騎(かんき)が、宣安と赤麗に侵攻していた。

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