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春秋戦国物語  作者: 梅を愛でる人
趙の両虎
29/52

2

 李牧が召還されて一年あまりで、代の領民は匈奴に怯え、耕作にも出られず、家畜も略奪されて途方に暮れてしまった。


 趙の廟堂ではふたたび李牧の名があがり、対匈奴の将軍として再任命することが決まった。

 しかし、李牧はこれを承諾しない。病気であると称して、家の門を固く閉ざした。



 他に策のない孝成王が、無理やりにでも雁門に赴任させようとすると、引き受けるにあたり李牧は条件を出した。


「大王がどうしてもと申されるなら参りましょう。ですが私は前と同じでなければ、引き受けることは出来ません」


「雁門に赴いてくれるなら、何事も将軍の思うがままでよい」


 孝成王は代における全てを、李牧に任せると約束したのである。



 着任した李牧は、すぐさま以前の軍令に戻した。

 変わらず狼煙を使って匈奴の襲来を警戒し、長城を修繕した。

 騎乗と弓術の訓練を徹底したことや、士卒への厚遇も以前の通りであった。


 李牧の再任によって、匈奴は数年のあいだ何も得られず、ただ李牧を臆病者と嘲るのみで去っていくのである。


 この数年で、家畜も増えて領民は豊かになったが、変化は守備する趙兵にも起きた。


 毎日、李牧に厚遇されるばかりで戦うことは許されない。

 士卒たちは、次に匈奴の騎兵が迫れば、長城に籠らずに戦いたいと言いはじめた。

 訓練に明け暮れて、戦いを願う兵卒たちは、馬術や弓術も向上していた。


 よい頃合いだと考えた李牧は、戦車千三百台、一万三千匹の馬を選びだし、さらに五万の勇士と、強弓の射手十万をすぐって勢揃いさせた。


 この日から大規模な演習をおこない、陣法の訓練をさせた。

 同時に城門は開け放たれ、場外に出た領民たちは、のんびりと家畜を放牧させた。

 李牧は更に羊の購入を命じて、人々と家畜で緑の原野はいっぱいになった。


 襲来した匈奴軍は、野に満ちた家畜の群れに歓喜した。

 この匈奴の騎兵と僅かに当たると、趙兵はわざと敗走して、数千の領民を原野に置き捨てたまま、城門を閉ざしたのである。




 単于(ぜんう)(匈奴の王)は、奪ってきた家畜の群れを眺めて家臣の報告を聞いた。


「趙軍もおりましたが、小勢の我らが攻めたにもかからわず、すぐに敗走いたしました」


「珍しく趙軍が野天に出ていたとは、あの李牧が戦うつもりであろうか」


「あるいは、そうかも知れません。数年前に叱責されて職を解かれたと聞きますし、戦うようにと趙王の命令があるのでしょう」


 単于は戦利品である多数の家畜から目を離さず、家臣の言葉に笑みを浮かべた。


「そんなところだろう。だが、李牧ではどうにもなるまい。それより羊の群がそれほどにあったか」


「夥しい羊が野を埋めておりました。あの数では、城外に出して草を食むしかないのでしょう」




 単于はすべてを略奪せんと全軍を招集して、家畜で溢れる雁門の様子を伝える。

 匈奴の兵士たちは喜悦のままに勇躍した。

 立ちはだかる趙軍を率いるのは、知らぬ者などいない臆病将軍の李牧なのだ。

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