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どの土塁の前も、趙兵の屍が積まれ、趙括も強いて攻めよとは言えなかった。
(この地形では、兵力の大も意味をなさぬか。まさか、偽りの退却に誘われたのか…)
趙括が兵書と照らし合わせ思案していた頃、すでに白起の策は完了していた。
二万五千の兵が退路を断ち、さらに五千の騎兵により、趙陣との連絡も断絶した。
包囲された趙軍は分断され、糧道すら失ったのである。
顔を歪めて退却を命じた趙括のもとには、斥候が次々と趙軍の状況不利を報らせる。
退路には、既に秦軍により堅陣が築かれ、退却を試みて抗戦したが撃退されたという。
配置された秦軍により趙軍の包囲された絵図を頭に描くと、背筋を冷たいものが流れる。
加えて、秦軍を指揮するのは白起であるとの報せを聞くと、完全に敵の術中にあると悟った。
思わず呻き声をあげる趙括に、白起は考える暇すら与えない。
進退に窮した趙軍に、軽装の秦兵が急襲してきたのだ。
狼狽える趙軍は、防戦もままならず、散々に突き崩された。
趙括は再びの襲撃を恐れて、その場で陣を構えると、慌てて土塁を築かせた。
そして、構築した陣を堅く守ると、孝成王に急ぎ救援を求める使者を発した。
報せを受けた趙では、孝成王に問われた群臣が集まり評議したが、解決策が見つからない。
この戦いに四十万もの大軍で挑んだ趙国には、既に援軍できる兵力などなかったのである。
秦の昭襄王にも、白起からの報せが届く。
(さすがは武安君よ、趙軍を包囲し、兵糧の輸送路を閉ざしたというか。しかし、趙軍は四十万以上…)
なんとしても勝利したい昭襄王の行動は迅速であった。
河内の地に赴くと、民衆に一級ずつ爵位を与えて、十五歳以上の男子は全て兵士とした。
この徴発した兵を長平に送り、糧道を断つ白起の軍に増員すると、更に趙からの援軍に備えさせた。
君臣の協力した包囲は、趙軍の脱出を許さない。
兵糧のつきた趙軍の絶食は、遂に、四十六日にも及んだ。
たちまち軍馬を食べ尽くすと、互いに殺し合って、その肉を食べるという惨状であった。
だが、趙括も何もしなかった訳ではない。
包囲を突破するために趙軍を四つに分かち、攻め寄せた。
しかし、秦の堅陣は逃げ出すことを許さず、再三にわたる趙軍の突撃でも塁を抜けない。
この絶望的な状況に、趙括は精鋭を集め決意を伝える。
「もはや満足に動ける者も少ない。いま一度、攻撃を仕掛けて囲みを破ってみようぞ」
勇ましい言葉ではなかったが、餓死者が溢れる現状に趙兵たちは頷いた。
趙括ですら、頬は削げ落ちて顎はとがり、残る体力を物語るように痩せ細っていた。
趙括の前に立つ兵卒の姿も、枯れ木のようであった。




