きぐるみトルーパー☆パワード・ラビィくん
身長が三メートルに届きそうな人間なんているはずがない。
体重が五〇〇キロを越える程の筋量を持つ人間なんているはずがない。
代謝が凄すぎて口の端から常に蒸気が漏れている人間なんているはずがない。
いちいち喋る度に地鳴りを錯覚する程の声圧を出す人間なんているはずがない。
だから俺のアダ名は【バケモノ】だった。
体格だけならまだしも、浅黒い肌と鋭い顔付きが、更に拍車をかけた。
これでも思春期真っ只中の一六歳だ。でも、もう年齢がどうとか言う問題ではなかった。
いっそ、開き直ってしまうと言う手もあったのかも知れない。
バケモノとして、バケモノらしく、人々に恐れられる事を生業にして生きていくと言う道を選ぶのが、楽だったのかも知れない。
しかし、そうする訳にはいかなかった。
……母がいた。
母は、最期の日もずっと泣いて謝っていた。「普通の子に生んであげられなくてごめん」と。
この体を悪用する訳にはいかない。
この体を恥じる訳にはいかない。
この体を、嫌悪したままで終わりたくない。
そうだ、悪いバケモノじゃないと証明できれば。
そう考えて、公益法人の救済団体――いわゆるヒーロー組合に相談してみた事もあった。
「……も、申し訳ありません。その……当団体は社団内規的に、その……あの、子供が見て憧れる様な人材を極力優先して所属させる方針と言いますか……えぇと……大変、言い辛いのですが……次の世代に良い影響のみを与えられる方を求めている……と言いますか……」
要約すると「悪役顔は帰れ」との事だった。
……一体、俺が何をしたって言うんだ。何もしてないのが悪いのか。じゃあ何かさせてくれよ。
腐りかけたその時――ある新聞記事が、目に入った。
「……試験運用開始……大型……パワードスーツ……?」
◆
世の中、何かが狂っていた。
半世紀ほど前までは想像もできなかった様な出来事が、頻発する様になっていた。
悪の組織が世界征服を宣誓したり、異世界から怪獣が現れたり、宇宙の果てからの来訪者が攻撃してきたり。
……しかし人とは慣れるもので。
そんな騒動が、昨今ではもはや日常の中のちょっとしたハプニング程度の扱いに収まっていた。
たまにやってくるすごく強めの台風。希に起こる記録的大雪害。それらと同次元で、悪の組織や怪獣や宇宙人の大暴れが報道される。
今日も、そんなものだった。
異世界から現れたグロテスクな巨大怪獣が、何の気無しに信号機をへし折った。
全長は五階建ての雑居ビルと肩を並べる程、黒いヘドロが固まった様な体に、無数の脚、いくら丼を彷彿とさせる無数の紅い眼球。円形状に並んだ牙の隙間から滴り落ちる紫色の唾液。
見ているだけで精神的に滅入ってしまいそうな、異形の怪物。
生物らしい行動原理が見いだせない、ただ目の前にある物を蹂躙して進むだけの、生物めいた現象。
突如現れたそれに対し、人々は「またかよ! 今月入ってもう何度目だ!?」とか「最悪だ! これからデートだのに!」とか「やっふぅ! 遅延証明書ゲットだぜ!」とわーわー騒ぎつつも慣れた調子で避難している。
そんなわらわら避難移動する人々の上空を飛び抜けていく、無数の影、鋼色の物体。
防衛用自動挙動装置。有人地区であれこれ騒ぎが起こったらすぐに出撃する防衛機構。
全長は一メートル程。胴体と四本のアームだけと言う簡素なデザインだが、異様に膨らんだ背面、ランドセル型の部分には防衛に必要な装備が詰め込まれており、それを四本のアームで使用する。
「ぶおぉおお、おおおおおおおお!!」
怪獣が吠え、円形の口腔、その奥から紫色の光が迸る。
怪光線、怪獣の十八番。どいつもこいつも、これが最近のムーブメントだと言わんばかりに吐き散らす。
そう、どいつもこいつも吐くものだから、当然、慣れた人間達は対策済み。
ドローン達は怪光線の予兆を検知すると同時、ランドセルから対光線用の鉄板を取り出し、四本のアームでがっちり前面に固定。
そのまま編隊を組み、怪獣の口元へと滑り込む。
怪獣が放った光線が、ドローン達が形成した巨大な対光線用鉄板に衝突。
この鉄板は光線をきっちり一八〇度で反射する。つまり、怪獣が放射し続ける光線と反射された光線が衝突する形になり、相殺反応としてその場で大爆発が起きる。
これも有り触れた光景だ。
爆発に巻き込まれ破損したドローン達は速やかに着陸し、稼働できる物は自己修復作業を開始。稼働できない物は稼働できる物が後々修復作業にあたる。
そして代わる様に速やかに、後発組のドローン達が怪獣の元へと飛び込んでいく。
「ぎゃぱ!?」
怪獣側としては異例の事態だったのだろう。
光線が相殺された事に、怪獣は無数のいくらめいたお目目をぱちくり。
そんなお目目に向かって、突進用の鉄板を構えたドローン達が突撃。
怪獣からすると豆粒みたいな鋼の塊が、豆マシンガンめいてその眼球を滅多打ちにする。
「ぽぷあああああ!?」
流石の怪獣だって眼球を叩かれれば痛い。悲鳴を上げて無数の脚をバタバタ振り回す。
振り回された脚に激突してドローンが何機か墜落。速やかに修復作業を開始。
悲鳴をあげては反撃してドローンを墜とす怪獣。
怪獣に墜とされては修復作業に入るドローン。
これもまた、いつもの光景。
そう、毎度毎度おなじみ。
怪獣に撃墜される度に修復して飛び回るドローンと、ドローンの装備程度では多少ダメージを与えられても仕留めるまでにはいかない怪獣による、これ以上は無い程に泥仕合。
この悲惨な戦いは、人々の避難が完了し、ある団体から派遣される者達が到着するまで延々と繰り返される。
ドローンに怪獣を殺せるだけの兵器を積載する案も幾度と出ている様だが、国際的な平和条約の問題でドローンに鉄板以上の凶器を装備させる訳にはいかないんだとか。
そんな呑気な人間社会の事情により、この泥仕合は恒例化しているのだ。
「ぽよぁああ!!」
ええかげんにせぇや!! と怪獣が半ギレ気味に無数の脚を激しく振り回すが、ドローン達もこれがお仕事。
防御と突進と修復をただひたすらに繰り返す。
そんな光景が続く事、約七分ほど。
ついに、泥仕合に終止符が打たれる時が来た。
「よっと! スーパーヒーローただいま現着っと!!」
眼下に怪獣を見下せる高層ビルの屋上。颯爽と舞い降りた桜色に煌く鋼のボディ。
女性的なボディラインを意識した意匠を施された、桜色のドローン――否、一切の露出無く機械の鎧を纏った、一人の人間。
機械の鎧によって多少身長は増しているはずだが、その全長は推算一五〇センチ代と小柄。陽気な声色は少女のそれ。
彼女の名はサクラピンク。当然本名ではない。
コンプライアンス上の都合で詳細を伏せられている公益法人救済団体所属の防衛科執行部隊員。
まぁ、平たく言うと正体不明の正義のヒーローだ。
「って、あれ? 到着してんのってアタシだけ?」
『通信開始。防衛科通信部、鳥嗣と申します。サクラピンク隊員で間違い無いでしょうか。どうぞ』
「んー? あ、はーい。サクラピンクですよー。現状報告が欲しいでーす。オーバー」
サクラピンクはフルフェイス兜の右側頭部、耳元、通信機が仕込まれている部分に手を当てる。
特に意味は無い。電話口でもぺこぺこと頭を下げてしまったりジェスチャーをしてしまったりするだろう。あれの様なものだ。気にしてはいけない。
『本作戦防衛対象区域に出現した討伐対象は異世界性大型獣種。推定全長二〇メートル前後。固有機能は現状確認できず、節足多脚種の凡庸型と推定。作戦執行部隊構成は主攻サクラピンク隊員、他補助一名。オーバー』
「え、補助一名って、あれ二人で処理すんの? 流石に面倒くさくない?」
無理、ではなく面倒くさい。己の実力への自信と共に彼女の性格がやや見受けられる言い回しである。
『近隣区域にて別作戦が進行中。そちらの討伐対象が超大型獣種かつ固有機能を持った想定不能型である事から、可能最大数の人員をそちらへ割くべく、本作戦は最低要員で臨むと言う総司令部及び防衛科司令部の判断です。オーバー』
「はぁ……まぁ、特別手当案件だからイイけどさぁ」
丁度小遣い欲しかったしぃ、とサクラピンクはつぶやくと、眼下の怪獣の元へ飛び込むべく――
「ん? ってか、ちょい待ち。補助隊員一名は? どこ? オーバ-」
『当該隊員に対しては緊急の召集であったため現着が遅れています。GPS情報と移動速度から推算、現着までおおよそ二分。オーバー』
「ふーん……それじゃ、その人が着く前に終わっちゃうかもだけど。ま、いっか」
単独での作戦遂行は、少人数での作戦遂行よりも段違いの特別手当が付く。
むしろ、ここまで来たら単独でやった方が美味しい。
と言う訳で、サクラピンクは行動を起こす。
右手を後ろ腰に回し、そこに備え付けられていた桜色の機銃のグリップを握る。僅か二ミリ程の鉄粒を打ち出す電磁機銃だ。弾が小さく一マガジンに詰め込める弾数が多い上に威力は充分。サクラピンクの様に等身大パワードスーツを利用する隊員には大人気の便利装備である。
左手には、レールマシンガンに寄り添う様に備え付けられていた大振りのナイフを握る。これは刃に添う形でサメの牙の様な形状の小さな刃が無数に付いており、それが超速回転して対象を削り取る――まぁ、要するに小型のチェーンソーだ。
「んじゃ、サクラピンク、いっきまーす」
両手に武装を構え、跳ぶ。
一〇〇メートルを優に超える、生命綱もパラシュートも無いダイブ。
しかしその程度、最新式のパワードスーツを纏うサクラピンクにはどうと言う事は無い。
落下しながらレールマシンガンの照準を怪獣に合わせるその姿、余裕しか感じられない。
「これで死んでくれたら、嬉しいなぁ、っと!!」
落下しながら、発砲。青白い雷電を纏い、熱線の朱色の尾を引いて、連射された鉄粒が雨の様に怪獣へと降り注ぐ。
まぁ、発射直後に大気摩擦で鉄粒は燃え尽きているので衝撃波が降り注いでいる、と言うのが正しいのかも知れないが、細かい事は気にしてはいけない。
「ぼぼぼッびゅあッ!?」
無数の弾丸に頭皮と肉を抉られ、怪獣が間抜けな悲鳴をあげた。
怪獣からしてみれば不意打ちも良い所、そりゃあ驚きもするだろう。
「やっぱ駄目かぁ……でーも、脳天、取った!!」
やれやれと溜息を吐きつつ、サクラピンクが怪獣の頭に着地――と言うか、怪獣の頭に踏撃。
「ゲペスッ!?」
「何今の声、ウケる」
とか何とか言いつつ、サクラピンクは足裏部の鉤爪を起動。怪獣の肉に深々とめり込ませ、振り落とされない状態を確保。
すかさず、左手のナイフ風チェーンソーで滅多刺しにしつつ、レールマシンガンの銃口を怪獣の頭部に密着させて、引き金を引く。
……慣れていると言うか、容赦が無い。
まぁ仕方無い。「圧倒的に一方的」が昨今のトレンドだ。
ヒーローに求められているのは、痺れる程に駆け抜けていく勧善懲悪の精神を体現する様。
かっこいい見た目のヒーローが、圧倒的火力と手数で悪辣な敵をこれでもかと言うくらいめっためたのぼっこぼこにして駆逐する。
それが昨今の子供達が求めるサイコーにクールなのである。
被害縮小や隊員の労働力的にも大変よろしい風潮だ。
「ぎゃぱああああ!? うぽああああああ!?」
「はいはーい、痛い痛ーい」
暴れ回る怪獣におかまいなしのサクラピンク。
怪獣がどれだけ暴れようと、よりしっかりとスパイクが食い込んでサクラピンクの姿勢を安定させるだけだ。
すると怪獣、ここで闇雲に暴れても無駄だと気付いた模様。
自身の頭諸共、サクラピンクを高層ビルの側面に叩きつけた。
……が、当然、最新型のパワードスーツをその程度の衝撃でどうこうできるはずもなく。
「はい、トドメね」
怪獣の頭突きで発生した粉塵のカーテンが、桜色の閃光の瞬きで薙ぎ払われる。
その光は、サクラピンクの【必殺技】。
胸部装甲が展開されて露出する二門の砲より放たれる二筋の桜色光線。チクビームだなんだと揶揄する輩は夜道で突然のサクラピンクに気を付けろ。
その名も【サクラビーム】。
とてつもない破壊力を持つが、燃費が非常に悪い。一度の出撃で撃てるのは一度こっきり。
なのでサクラピンクは敵を仕留められる算段が着いた段階でのみこれを発動する。
もはやチェーンソーとレールマシンガンによって剥き出しになった無防備な頭蓋。
そこにサクラビームを撃ち込んだのだ。
異世界性の獣は異形だが根本はこちらの世界の生き物と変わらない。
脳器官を破壊すれば確実勝利である。
「ぷ、ぴゃああんッ」
二筋の光線が怪獣の頭蓋に直撃。貫通すると同時、その頭部を粉々に吹き飛ばす。
「よし、頭取れたおかげでチョー楽勝!」
やっぱり不意打ちは最高だぜ! とお子様達には聞かせられない台詞を心の中で吐き、サクラピンクは路上へと舞い降りる。
「もしもーし。こちらサクラピンク。鳥嗣さんでしたっけ? 討伐対象を――」
『警戒喚起! 本作戦領域内に異常な放熱反応を検知!』
「――へ?」
サクラピンクが通信機越しに聞こえた言葉の意味を理解するよりも早く。その異常は顕現した。
発生源は、今まさにサクラピンクが仕留めた怪獣の腹部。
まるで溶岩が吹き出す様に、怪獣の血肉が、爆ぜて噴出した。
「なッ……!?」
サクラピンクは驚愕の余り硬直。
それを尻目に、異変は具体的な異常として顕現した。
『ッ、新規の異世界性生命体を確認! ドローンからの観測値から推測するに異世界性中型獣種――類似データ参照できず、完全な新種です! オーバー!!』
「オーバー言ってる場合!? え、ちょ!? はぁ!?」
怪獣の腹から這いずり出て来たのは、サクラピンクの倍の体躯……約三メートル程はある黒皮の異形。
ただし、今までの怪獣らと違い、その表皮はドロドロとはしておらず、むしろのっぺりとしている。軽く叩いたらピタピタと音が鳴りそうだ。
形状も――まるであれは、人だ。肉体は胴体に四肢と頭で構成され、御上品なボールルームダンサーの様にピンと伸びた背筋、完全な二足歩行。
まぁ、顔面のパーツ並びの不規則性や形状の不整合さは従来の怪獣と大差無いが……
「ぃ、たい、い、たぁああい……」
「ッ……!? い、今、喋った……!?」
突如現れた巨人型の怪獣が、歪な口を動かして、発声する。声色は少女の様に高め。
先程、サクラピンクが怪獣に浴びせた言葉をオウムの様に繰り返している様だ。
「うそうそうそ……これヤバい奴じゃん……?」
ついさっき、サクラビームを撃ってしまった今、サクラピンクのパワードスーツに残された稼働時間はかなり少ない。当然、サクラビームは再使用不可能。
そして、相手は未知の新種と来た。
『総司令部より略式決定、ガードマン・ドローンが援護します、牽制しながら撤退してくださ…』
「了解!!」
言われなくてもそうしましたけど、と言わんばかりにクイ気味に返答し、サクラピンクはレールマシンガンを構えながらバックステップ。
それに合わせる様に、ドローン達も鉄板を構えて次々に新種へと突進。
「も、しもぉし、こちぃ、るあ、さくら、ぴんきゅ」
歪な口で歪な声を紡ぎ、新種は、その手をかざした。
まるで、ドローンやサクラピンク達を制止する様に。
直後。
「ッ!?」
ドローンが全て、墜ちた。
引き金を引こうとしたサクラピンクの指も、止まる。
「な、機能停止!? なんでいきなり!?」
パワードスーツの機能が、全停止。アクションサポートが無くなり、サクラピンクは全身に数百キロの鉄塊を纏うただの少女へと変わった。
当然、立っていられるはずもなし。サクラピンクはバックステップの勢いのまま、後方へと背中から倒れる。
「きゃばう!? ッ~……」
痛打。受身もまともに取れなかったのだから仕方無い。
サクラピンクは悶絶しのたうち回ろうとしたが、鉄塊と化したパワードスーツが邪魔で指先ひとつ動かせない。
「……ちょ……通信部!? ねぇ!? 鳥嗣さん!? ……うっそ……通信も死んでる……!?」
通信装置はパワードスーツに組み込まれてはいるが、完全に別の装置だ。パワードスーツがダウンしても、通信装置自体のバッテリーが切れない限りは動くはず。
と言うかそもそもな話、公益法人所属のパワードスーツや防衛用のドローンがエネルギー切れを起こす、と言うのが有り得ない。
どちらも微弱ながら、公共施設から電波によるエネルギーサポートを受けている。最低挙動用のエネルギーはそれで確保できるはずなのだ。
施設の無い僻地での戦闘でもない限り、完全なガス欠なんて起こすはずが無い。
だのに現状は――
「まさか……電磁パルス攻撃的な……!?」
パワードスーツもドローンも、もちろん電磁パルス対策は施されている。
だがしかし、それはこの世界の人類の科学水準で可能な範疇のものでしかない。
異世界性生命体が放つ電磁攻撃がそれを凌駕してくる可能性は、否定できない。
「ましゃ、くあ、でんじぴゃ、るす、こぉおおげっき、てき、な」
「ひッ……!? ちょ、こっちくんなし!! つぅかきっしょ!!」
モニター機能が死んでも、等身大パワードスーツは通常視界が確保できている。
サクラピンクが全力で首をギギギッ……ともたげると、新種が一歩一歩、まるでファッションショーのモデルウォークめいたクネクネした歩き方で接近してきているのが見えた。
これ絶対ヤバい奴だし!! とサクラピンクは全力でジタバタするが、パワードスーツが揺れ動く程度。立ち上がる所か寝返りを打って這う事すらままならない。
「こち、くんにゃ、し、つか、きしょ」
「もぉぉぉ!! 真似もすんなし!! ってか似てないし!!」
「もぉぉぉ、真似もすんなし、ってか似てないし」
「ッ!? 急にクオリティ上がった!?」
「えへへ」
「照れたァァァーーーッ!?」
ますますヤバみを感じるものの、やはりパワードスーツは動いてくれず。
ついに、新種はサクラピンクを足元に見下ろす距離に。
「ひ、ひぇッ……」
「照れた」
「照れてないんですけど!? ひたすら怯えてるんですけど!?」
新種はわきわきと指を躍らせている。
おそらく、この新種には多少の知性がある。そしてサクラピンクに興味がある様子。
身動きできない少女と、その少女に興味がある人型の獣。
これはエロい事になりそうな気配。
しかし、それは肩透かし……ではなく、杞憂に終わった。
突如、新種が吹き飛ばされた。
「…………!?」
新種を殴り飛ばしたのは、新種と同程度の体格――三メートル近い巨体を誇る――
「無事ですか……ぴょん」
――白い、兎。
否、うさぎさん、だッ!!
遊園地やデパートのゲーセンで子供に集られてそうな、白いうさぎさんの――着ぐるみ、それもデカい!!
横方向へ垂れた耳から察するに――モチーフの品種はずばりそう、ロップイヤーラビット!!
「…………はい?」
これにはサクラピンクも目が点。
そりゃあそうだろう。
絶体絶命のピンチ!
迫り来る魔の手を振り払ってくれたのは、遊園地で風船を配っていそうなうさぎさんの着ぐるみ(巨大)。
いくら異常が日常と化した現代でも、こんな珍事とはそうそう遭遇し得ない。
「えぇ、えぇえええと……うさぎ、さん?」
「おう……じゃなくて、うん、だぴょん。俺……じゃなくて、ボクは新米ぴょんぴょこヒーロー、ラビィくんだぴょん」
ファンシーな見た目とはバッドマッチング。腹の底を揺する地鳴りの様な声である。
「ヒーロー……あ、もしかして、試験運用が始まったって言う【大型パワードスーツ】!?」
「……? あ、うん、だぴょん。ボクは大型パワードスーツで戦うヒーローだ……ぴょん」
半年ほど前から試験的な運用が始まった、大型のパワードスーツ。
まぁ、もはやスーツと言うよりただのロボットだと聞いていたが……このうさぎさんは……幼児層の人気を狙ったのだろうか。
「じゃあ、あんたがアタシの補助の……随分、ファンシーな外装ね。なんか、本当に綿が詰まってる様に見えるんだけど」
「ぴょッ……き、気のせいだぴょん!! そんな訳が無いぴょん!!」
何故か激しく動揺する重低音ボイス。
サクラピンクがその理由を測りかねていると……
「ファンシーな、が、がが、外装……なんか、本当に綿が詰まってる様に、見え……見え……」
うさぎさん――もといぴょんぴょこヒーロー・ラビィくんにブン殴り飛ばされた新種が、立った!!
……ただし、相当ダメージが入ったのか、かなり足腰がガクガクとしている。
ラビィくん、巨体に見合ったパワーを持っているらしい。
「気のせいだ、ぴょん!!」
ラビィくんの台詞を真似ながら、新種がその手をラビィくんへとかざした。
「ま、不味いし!!」
「?」
今しがた駆けつけたばかりのラビィくんは知らないが、サクラピンクは知っている。
あの動作の直後、サクラピンクのパワードスーツもドローンも機能を停止した。
おそらく、異世界の電磁攻撃!!
大型とは言え、パワードスーツであるラビィくんにも、その効果は……
「……? 何かしてるぴょん?」
「え……?」
無い。
ラビィくん、普通に動いている。
「って、あれ? 無線が繋がらなくなりやがッ……繋がらなくなっちゃったぴょん!? 故障!? なんで!? なんでぴょん!?」
どうやら、ラビィくんの装備していた通信装置には効果が出ている様だ。
「……あんた、本当にパワードスーツ?」
「ぴゅおあ!? な、何故疑うぴょん!? まさかこれがただの着ぐるみだとでも言うつもりかよ!? そんなの有り得る訳が無ぇだろ!! 冗談がキツいぜ先輩よぉ!!」
動揺の余り、途中からぴょんを忘れ始めた。
しかしまぁ、ラビィくんの言う通り。
もしこれが着ぐるみだとしたら、ラビィくんの中の人は素で身長三メートルはあると言う事になる。
そんなバケモノめいた人間が、いるはず……
「あ……もしかして、兎崎……?」
「ギクゥン!?」
「真地代高校の兎崎……よね? 大型ビッグフッドとか超赤鬼とかバケモノとか呼ばれてる……」
「ち、違う! 全然違う!! やめろ! デビューしたての新人ヒーローのイメージを傷付け様とするな先輩ィ!!」
「ちなみにアタシはあんたの隣の席の桃桜歌だけど」
「えぇ!? うそ!? あの根暗チビ眼鏡!?」
「……………………」
「あ……違ッ、その……ぴょん☆」
「誤魔化せないから」
「……………………よぉし、今日はボクのデビュー戦だぴょん! しっかり働くぴょん!!」
「あ、おい!! 無視すんなし!!」
「うるせェェェ!! こちとら中身バレしたら即解雇なんだよォォォ!! テメェらみてぇにバレたらバレたで芸能タレント路線にシフトする道なんざねぇの!! わかる!?」
「お、おふ……」
まぁ、この見た目、組織は低年齢層向けのヒーローとして売り出すつもりなのだろう。
それの中身が、あの「異世界性生命体疑惑をかけられて政府機関に拘束された事がある」と言うファンキーな経歴を持つ強面ビッグ男だと知られれば台無しも良い所。
「俺だってこんな形は遺憾だよ……!! でもな、まさしく形振りかまってられねぇんだよ……!! こんな形でも良いから誰かしらの前向きな好意に接しないとそろそろ心が病むんだよォォォ!!」
「な、なんかごめん……」
「わかったら俺の名を呼べや先輩ィ!!」
「う、うん!! が、がんばれラビィくん!!」
「承知ァッ!!」
ラビィくんの目、覗き穴から白い湯気が立ち上る。
おそらく、中の代謝が凄い人が戦闘モードに入り、その蒸気めいた熱い息を吐いたのだろう。
「ぴょん……?」
何故止まらない? と首を傾げる新種。
その新種へ向かって、ラビィくんがドスンドスンと大きな足音を立てて接近する。
「俺の口癖を真似てんじゃあないぞテメェゴルァ!! 喧嘩売ってんのか? あ? じゃあ上等だ!! テメェが怪獣ならこっちはバケモノだぞおォい!!」
「喧嘩、売ってんのか、上等、怪獣、ばけも……」
「うるせぇ!!」
「ぎゅぴ」
ラビィくんの白い拳が、真っ直ぐに新種の顔面へと突き刺さる。
普通の人間なら首が捩じ切れ飛ぶ、そんな勢いで新種の頭が一〇八〇度回転。
「おるァ!!」
「はぽッ」
ラビィくんの膝蹴りが、深く深く、新種の腹を抉る。
白い膝が、新種の背中を蹴破って露出した。
「ぎ、ぎ、ぅ、うる、せ……!!」
新種が反撃に出る。その手を堅く拳にし、大きく振りかぶった。
「上ッ等ォ!!」
応じる様に、ラビィくんも白い拳を振りかぶる。
そして、衝突。新種の黒い拳と、ラビィくんの白い拳。
黒い拳を引き裂いて、白い拳が走り抜ける。
「ぎゃッ……!?」
「軽ィ!! つぅかそろそろ……」
ラビィくん、ここで両手を使い、一〇八〇度捻れたままの新種の頭をがっちりとホールド。
「死ねェ!!」
そして両手を、勢いよく振り上げた。
要するにばんざーい。それと共に、その手にがっちりと掴まれていた新種の首がぶっこ抜ける。
黒紫色の血飛沫が派手に散り、ラビィくんの白い体を濡らした。
――これぞラビィくんの必殺技、【ヘッドばいばい】である。
「ぴお、は……」
断末魔と言うには余りにもしょぼい声をあげて。
新種の体は、静かに崩れ落ちた。
「……勝った……ぴょん!!」
これが、後に子供達の間で絶大な人気を博す事になる怪力無双のパワフルヒーロー――
――通称、きぐるみトルーパー☆パワード・ラビィくんの初陣であった!!