表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

桃の葉、紗羅紗良紗羅蘭(さらさらさららん)

作者: 風連

風が渡る。

船の切っ先は北を向いていた。

波はこの海峡を、荒くいている。

港が見えると、小さな漁船が、入ったり出たりしている。

嘘か誠か、この地の漁師は泳げないという、都市伝説を聞いた。

冬場、船から落ちれば、泳ぐ間も無く、海に引きずり込まれてしまうからだと言うのだ。

ゆったりした、船旅は、この地への感傷と怖れを呼ぶ。

具合が悪くなる前に、船から降りたい。

此処は面白い土地だと、教えられてきた。

湾に入ると、ガラッと変わる。

船は落ち着き、塩の臭いがきつい。

荒い海峡の波が清々しかったのに気づく。

ワラワラと降り仕度の人の群れに混ざり、とうとうこの地に降り立った。

船旅の感傷が、吹っ飛んだ後は、現実。

コンクリートの堤防が、長々と続き、おろした足もコンクリートから、アスファルトへ。

パタパタとのぼりがはためき、港は賑やかだ。

車できていた人達は、そのまま何処かに、走って行ってしまう。

迎えの人が来るまでに時間があった。

それまで、ブラブラする事にした。

荷物は、送ってしまったから、ボディバック、ひとつだったし。

路面電車の走っている場所に出た。

レトロブームに乗って、明治の頃の様な車両が人気だ。

どこに行くのか、思わず乗ってみた。

港を右手に時々望みながら、終点についた。

藤枝ふじえだ和馬かずまは、そのまま港に向かって歩いた。

商業地帯からはずれているので、閑散としている。

さっきまでのあの人数の人間はどこに飲み込まれて行ったのか。

変わった船が泊まっていた。

全体的に地味なグレーだ。

ジッと見ていると、船の甲板に人影がでてきた。

そこで、やっと気づいた。

自衛艦だったのだ。

良くみれば、ヘンテコなアンテナが付いている。

納得した和馬は、来た道を引き返した。

もう一度路面電車に乗ると、さっきの停留場で降りた。

そろそろ約束の時間だ。

車で迎えに来てくれたのは、店のオーナーの小林こばやしだ。

ちょうど、ランチにかかっていたので、遅れたのだ。

お互い、挨拶をすませた。

「ところでご飯は、食べましたか。」

「いえ、土地勘も無いし、どこで何を食べたら良いか、わからないので、聞いてからにしようかと。」

「オムライス食べましょう。」

「はい。」

やたら派手なオムライス屋に入った。

和馬に唐揚げ付きオムライスを勧めて、小林は、何やら唐揚げの乗ったカレーライスを注文している。

その上、店員の年齢が高い。

平均40過ぎだと、みた。

和馬の唐揚げオムライスとウーロン茶、小林の唐揚げカレーとアイスティーが、来た。

「これって、同じ唐揚げですよね。」

「そう、旨いんだよ、これ。」

カレーライスは、匂いも色も至って普通に、見えるし、オムライスも同じだ。

とにかく、唐揚げを食べよう。

余りに有名で、あちこちから食べに来る客で事欠かないと、小林が自慢してる。

ここにしか、チェーン展開してないのだという。

まあ、年中ハローウィンって、感じの店だ。

そこここに、ガチャガチャが置いてある。

オムライスの乗ってるトレーに、ここのマークのコインが1枚サービスされてる。

それで、テーブルの上のガチャガチャ、一回できる。

人気は、唐揚げマン。

2人で引いてみた。

「アッ、当たった。」

小林は、唐揚げマンがここのサッカーチームのユニフォームを着てるのをゲットした。

和馬がカプセルを開けると、前は唐揚げマン、後ろ半分は熊が、出た。

「凄い、それってかなりのレア物ですよ。」

良くわからないので、差し出した。

「あげます。

俺、価値がわからないんです、これの。」

「あらら、それもそうか。

でもさ、持ってなよ。

お守り、お守り。」

なんだか嬉しそうな小林が、カレーの残りを食べ始めた。

和馬もオムライスの残りを片付けることにした。

唐揚げは、確かにおいしかった。

お互い、ガチャガチャから出たマスコットをカバンに下げ、店を出た。

「幸先、良いな〜。

さて、乗って乗って。」

そこから、今夜の宿に向かった。

和馬の荷物は明日来る。

今夜はこじんまりしたホテルだ。

「では、明日。」

アッサリと小林は、帰って行った。

部屋は普通にシングル。

窓から、街並みが見える。

初夏の北国は、清々しく明るい。

今まで住んでいた場所は、キリキリと締め付けるような夏だった気がする。

さて、夕飯はどうしよう。

ベットに寝転び、ウトウトしていたら、目覚めたのは、朝方だった。

お腹が空いた。

お茶を入れて飲んでみたが、腹はおさまらない。

和馬は、フロントに降りて行った。

ここは、ビジネスホテルで、朝ごはんは無いのだが、深夜営業のラーメン屋でもないか、聞く事にした。

「それなら、朝市の食堂がもう、開きますから、そちらでお食事されては、いかがでしょう。」

和馬は、信じられなかった。

それでも、渡されたパンフレットを見ると、こんな早朝から開いている。

「歩いていけば、ちょうどですね。」

目と鼻の先に、朝市の食堂があるのだ。

和馬は、お礼を言って、朝日の登る港町に出た。

教えられた場所は、直ぐだった。

食堂の前には、並んでいる人がいて、和馬がついた頃には、みんな中に入っていた。

席が空いているのを見て、ホッとした。

よくわからないので、ここの一押しの5色丼を、頼んだ。

ご飯は大盛りにした。

和馬の前に、ドンブリから、はみ出した刺身の数々が、現れた。

マグロとカレイと甘海老とツブ貝とイクラ。

ツブ貝は、初めてだ。

「今朝はオマケだよ。」

と、おばさんが回って、大さじ一杯づつ、ウニを乗せていく。

オマケ付きなんて、うまい方法だ。

ドンブリなので、かっ込む。

カニ入りのおつゆも、おいしかった。

満足して、店から出ても、まだ朝だ。

直ぐにホテルに帰らず、少し散歩する事にした。

海は昨日から散々見たので、山の方に歩いてみた。

泊まってるホテルの裏側に階段が続いている。

こんもりした森の中なんて、素敵だ。

知らない野鳥が鳴いている。

さえずりに誘われて、階段から、ゆるい上り坂を歩いて行くと、ぽっかり開けた場所についた。

暖かい谷間がそこにはあった。

あれはわかる。

桃だ。

こんな北に桃の果樹園があったのだ。

選定された枝や葉が片隅に盛られている。

小さな桃の実が、白く青く薄っすら桃色で、朝日に、産毛を光らせている。

「お早うございます。」

後ろから、声をかけられた。

「あ、お早うございます。」

振り向いて、挨拶を返した。

いつの間にか、1人の女性が立っていた。

「うちの果樹園に、何か。」

「いえいえ、散歩してて、来てしまっただけです。

藤枝和馬と言います。

あのホテルに泊まってます。

桃でしょう、こんな北で甘くなるのですか。」

「まだまだです。

硬くて、甘みもばらつきが多いんです。」

和馬は、あの枝や葉を指差した。

「あれは、どうするのですか。」

「あれは、焚き付けにします。

優しい匂いがするのですが、使い道が無いんです。」

朝日が、悲しそうな横顔を染めていた。

「なら、ください。

お風呂に入れたいんです。」

「え〜っ、お風呂に。」

「はい、このまま葉を入れて桃の葉風呂にします。

鍋で煮出して、エキスを出したのを、入れても良いんですよ。

こちらでは、しませんか。」

笑いながら、長谷はせ真奈美まなみと名乗った彼女は、小枝とついている桃の葉を欲しいだけくれた。

「私も、葉を入れてお風呂に入ってみますね。」

真奈美は、持っていたお弁当を入れていた、ポリ袋を和馬にくれた。

「ありがとうございます。」

思わぬ土産をぶら下げて、和馬はホテルに帰って行った。

シャワーを浴びると、下着だけは、取り替えた。

8時半に、下に行くと、小林が待っている。

フロントに挨拶し、和馬はアパートに連れて行ってもらうのだ。

朝ごはんと散歩の話をする。

「唐揚げマンのご利益、凄いですね。

その店、中々入られないんですよ、人気で。」

小林、オススメのお店だったのだ。

「ホラ、あれだもの。」

前を通ると、列が出来ている。

「ウニのオマケがありましたよ。」

ウンウンと、小林が頷く。

着くと、もうトラックが来ている。

部屋の鍵は、小林が持っているので、あわてて、走って行った。

和馬は、トラックの引越し業者に、あいさつした。

荷物は最低限なので、早い。

それでも、ベッドだけは、組み立てもらった。

前の部屋のカーテンが少し長かったが、まあまあ、収まった。

六畳と八畳の二間だから、独り者には十分だ。

トイレと風呂が別なのは、嬉しい。

後は出来ますね、と、小林が帰って行った。

鍵をかけると、まず寝た。

起きると、昼すぎだ。

ここは、温水タンクなので、明日にならなければ、風呂には入られない。

荷物の中から、カップメンを探し出し、食ってから、片付けた。

明日から、忙しくなりそうだ。

翌日、小林の店に向かった。

小林の店は、道の駅に入ってるのだ。

活気がある。

飛び交うあいさつの中、レストランについた。

和馬は、ここで働く。

道の駅のレストランは、ランチが命だ。

観光客から地元の人まで、引っ切り無しに訪れ、なんと3時には閉店してしまう。

3時以降も開けているのは、直接外から入られる入り口がある、ラーメン屋と土産物屋だけだった。

道の駅のトイレはデカい。

ここのは、男女が分かれる入り口のホールに、ステンドグラスが飾られていて、中々なのだ。

隣接しているJRの駅舎や地元の有名な食材や動物が、桜や水芭蕉やカタクリの花などと、盛り沢山、ステンドグラスに、描かれていた。

仕事とアパートに、慣れた頃、和馬は桃の葉を思い出した。

新聞紙の上に、広げっぱなしにしていた。

葉をちぎると、乾燥して、パラパラしてる。

それをホウロウの鍋で煮出して、珈琲のフィルターで、こしてから空いてる瓶に入れた。

これは、冷めたら、冷蔵庫に。

残りは、溜めたお風呂に。

ようやく、桃の葉風呂につかった。

残った枝はどうしょうかな、と和馬は、考えていた。

道の駅に休みは無いから、交代制で休みを取っていた。

来たばかりの和馬の休みは、中々来ない。

世の中が夏休みなので、尚更だ。

それに、最初の2回は、雑用で消えてしまっていた。

和馬が店とアパートの往復から、解放された時には、北国の短い夏は終わっていた。

空き瓶に刺してある桃の小枝は、虫もつかずすっかり乾いていた。

なんとなく捨てられない。

次の日、早起きして、あの桃の果樹園に向かった。

早朝のバスにも、結構乗る人がいる。

爽やかな風が、秋を謳っている。

あのホテルを、目指し、階段を探す。

登ると、果樹園が、見えた。

前より遅く上がった朝日でまだ寒い。

桃の葉が、大きくなっている。

その下に、実がなってるが、数が少ない。

和馬の故郷は桃で有名な場所だった。

秋に沢山の桃がなるのを見て過ごした。

ここのは小ぶりで、硬そうだ。

「そうか、日照時間と気温が足りないのか。」

独り言が、出ていた。

「そうですね、お早うございます。

早いですね、藤枝さんて。」

後ろから、長谷真奈美に声をかけられた。

「あ、すいません。

お早うございます。」

タイミングが悪い。

「いえいえ、この子達、ここの気象に、中々慣れてくれなくて。

あれを見て下さい。」

真奈美が指差した方角に、ヒョロヒョロ伸びた木が一本立っている。

「剪定したらヒネちゃって、仕方なく、伸びたままにしてるんですけど、花が咲いても実がならないんですよ、これ。」

確かに、ヒネてる。

止められた脇から、横枝を出してるが、細くて、ヒョロヒョロだ。

葉だけは、モリモリついてるが、虚弱な感じは隠せない。

「桃の木、知ってるんですか。」

和馬が頷く。

「住んでたところが、桃の名産地でしたから。

あせもに効能があるから、子供の時は桃の葉のお風呂によく入れられてました。

庭にプールを出して、日向水にしてから、遊んでると、横の桃の木から、母が葉をちぎって揉んで、入れてくれてました。

不思議に、酷かったあせもが引いていくんです。」

思い出に庭の桃の木が重なる。

あの木もヒョロッと上に伸びていたっけ。

「あ、もちろん、あせもだけじゃなくて、本当に肌に良いそうですよ。

あの木も、うちの木に似てるから、きっと良い実をつけてくれますよ。」

「ありがとうございます。

多分、褒められて伸びる子なんです、あの子。」

夏の終わりの暖かな1日が始まり出していた。

「葉をお風呂に入れてから、スベスベしてます。

枝は、やっぱり焚き付けぐらいにしかならないでしょうね。」

真奈美の言葉に、和馬も頷く。

しょうの良い枝なんですけどね。」

真奈美がため息をつく。

和馬にも、答えは出せない。

「桃って、何科でしたか。」

「何科って、植物の分類ですか。

大抵、バラ科ですが。

桜も梅も林檎も、結局はバラ科なんです。

確か、苺もそうだったような。

そんなこと、きかれたの初めてです。」

「桜も梅も、ですか。

それは凄い。

剪定した枝、ください。

漠然としか思いつかないけど、なんか、出来そうで。」

「構いませんよ。

燃やされるか、ここで朽ちるだけなんですから。」

和馬は、持てるだけの枝を、ビニール紐で結わえて、持って帰った。

日当たりの良い窓の外に、枝を吊るした。

一本一本、重ならないようにしたので、小さな梯子が連なってる様だった。

和馬の話を聞いた小林は、試作品を作ることを了承してくれた。

桃の枝の梯子は、ストーブをつけた室内に移動して乾燥されていた。

真奈美からは、枯れて落ちた葉も貰った。

試食が出来るぐらいまでに、やっとたどり着いたのは、その年の晩秋の頃だった。

早朝に強い真奈美だったので、道の駅の開店前に来てもらっていた。

「さあ、ここに来て、座ってください。」

厨房に椅子を持ってきて、真奈美を座らせた。

「試食会の貴賓席ですよ。」

「もう、食べても良いかな。」

小林がホークを皿に刺している。

「どうぞ。

散々、味見したじゃないですか、小林さんは。

真奈美さんも、どうぞ。」

真奈美の目の前に、切り分けられたベーコンとポテトサラダがある。

食べてみた。

「普通に美味しいです。」

キョトンとしてる真奈美だった。

「わかりませんか。

桃の枝の燻製なんです。

ポテトサラダの方が匂いがしますよ。」

ポテトサラダには、桃の果肉を、ドライフルーツにしてから燻製したのが、入っている。

甘みと香ばしさと燻製の独特な風味が、混ざり合う。

「不思議な味ですね。

大人なポテトサラダって、感じです。」

和馬が嬉しそうだ。

「まだまだ、調整はいるはずですが、これなら、少ない桃の実もいかせますし、何より葉も枝も無駄になりません。」

「ベーコンも、桃の枝の燻製ってなれば、プレミアムが、つくっしょ。」

小林が、ニコニコしている。

「桃のジャムも作りましょう。

ここの桃の実、グッと旨味が詰まってますものね。」

同僚の島村しまむら君や仲本なかもと君も、真奈美の桃のファンだ。

「私、桃の木、大事に育てますね。」

それから、三年。

北の桃豚ベーコンと桃の燻製ポテサラは、道の駅のレストランの名物になった。

あのヒョロヒョロ伸びていた桃の木には、まだ実はならないが、沢山の葉が、初夏の風に、サラサラ、サラサラとなびいているのだった。

今はここまで。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ