表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/3

カラスのガー助

川の流れのごとく、実りの司様がワサワサと迫ってくる。

水風船のようなモヨン、ポヨンという音と、幼子の嬌声が恐ろしく近くから聞こえてきた。

バス停の柱の向こう側から、大きな頭部が出てきて、走り去る。

「だめだ」

俺が全速力で走ったところで、追いつかれる距離だ。

ならばこの近くで、少しでも高い位置へ移動しよう。

バス停のベンチを見ると、数柱の実りの司様が登って走り去って行ったので却下。絶対膝カックンされる。

バス停のトタン屋根は、サビが浮いて一部空が見えているので却下。たとえ俺が華奢だとしても、落ちる危険性がある。

消去法により、目の前にあったバス停の看板によじ登ることにした。

「グケーッケッケッケ! お前、バカだろ」

看板のてっぺんには先客がいた。森の周囲を縄張りとするカラス、ガー助だ。

「ガー助お前! 飛べるんだからどっかいけ!」

「やだね。ぼくちんが見つけた安全地帯だもんね」

「なっ! 俺の方が先に登り始めてたろ!」

叫ぶと笑いながら、ガー助が言う。

「ぼくちんのくるみが、先にここにあったのだ! よってこの場所は、ぼくちんの場所なのだ!」

中が空洞になっているバス停の看板を嘴でつつき、ガー助は木の実を引っ張り出してくわえているではないか。

「んなもん関係ねぇ! とっとと場所寄越せ!」

カラスの癖に生意気なガー助に対し、俺は腹が立った。もう我慢できない。

「……どかねぇなら追い払うまでだ」

腰に巻いた鎖状の飾り紐に引っ掛けた魔法の杖に右手を伸ばす。若干ふらつくが、必要なことだ。

冷静に、落ち着いて、ちょっと短い消しゴム付きの鉛筆のような木の棒を、くるりと手の中で回せば、長さと太さがロッドになる。消しゴムのような姿をしていた水晶宮と呼ばれる部分には、カラフルな魔法石がいくつか浮かび、太陽の光でキラキラと光っている。

俺の右手に握られた木製のロッドは、所謂魔女の杖である。

「アラパス・アクア!」

魔法石の中でも青い石が、杖と水晶宮を通して俺の魔力を吸い込み、青く輝き、魔力をそのまま水へと変換する。

簡単な水の魔法だが、殺さずに相手を追い払ったり、床をきれいにしたりと様々な使い道があるので、とても便利な魔法だ。

「バーカ!」

笑いながらあいつはふわりと飛び上がり、俺がぶつけようと準備し、投擲した水球をひらりと避けたのである。斜め上から投げ落とすような軌道で落下する水球は、狙い通りバス停の円形の看板にぶち当たり……俺へと降り注いだ。

「バーカバーカ! お前も魔女なら飛べばいいじゃないか!」

「おまっ!」

降り注いだ水は服と手を濡らし、じわじわと体温を奪っていく。

さらに言うと、俺がしがみついているのは金属にペンキを塗っただけのポールの為、摩擦が減ってゆっくりと落ちてゆく。

足元はまだ、実りの司様がわさわさと流れている。

「そのまま落ちちまえ!」

ガー助が叫んで、古びて根本の若干腐ったバス停につかまって、羽ばたく。

するとバス停はガー助の動きに合わせて、ゆさゆさと揺れる。

「お、落ちる! ホントに落ちるからやめろ!」

右手には杖があるので、よじ登ることもまともにできない。

『あはははは!』

『あそぼ!』

『きゃはははは!』

実りの司様の嬌声が、近づいてくる。

「落ちてしまえば楽になるぜ!」

ガー助がくちばしで、俺の左手をつついた。ものすごく痛かった。背中で大きな風船を押しつぶすような感覚ののち、ずしりと地面にたたきつけられ、あたりをピンク色の液体が舞う。

「かけけけけけけ! くっせーぞ!」

「うるさい。お前のせいだろ」

「ぼくちん見てただけだもーん!」

わさわさと人を無視して駆け抜けて行く実りの司様に踏まれたり、スカートの中へもぐりこまれたりする。

「うあ! ちょ! や!」

「ざまぁ! ぼくちんに水をぶっかけようとしたからだ!」

どさどさという足音が遠ざかり、ようやく落ち着いた。

「このくそカラス! いつか絶対焼き鳥にしてやる!」

「飛べなきゃぼくちんを捕まえられない! かかかかかかか!」

笑いながらどこかへ飛んで行ったガー助は、いつか絶対焼き鳥にする。

たとえウイルス汚染だとか味だとか問題があっても、丸焼きにしてやる。

ぐんにゃりとしたさわり心地と、服や髪にしみこんでくる肥溜のようなにおいにうんざりしつつ、腰のポーチから携帯を取り出して、会社へ遅刻の連絡を入れた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ