七
「梅の花はそろそろ終わりだね」
病室から外を見て、瑳内景子は夫に言った。窓の外に見える連なった山の中に、ポツポツと白っぽい色が点在している。見下ろすと、病院の駐車場と畑の間に白い花をつけた木々が何本か並んでいる。
「そうだね」
夫も窓の外に目を向けて、そうこたえた。
「菜の花はまだ続くし、次は桜の番だね」
「もう咲き始めてるみたいだ。遠目だと梅か桜かわからないな」
「あと二三日もすればはっきりするよ。ところで、うちの庭花は順調に咲いてる?」
「問題ないよ。耀が手入れしてるからね」
夫は、写真立ての日本水仙に目を向けてから、鞄から一冊のノートを取り出した。庭の植物の成長を記したノートで、朝食の後このノートを書くのが彼の日課になっている。
外にでることが少ない景子にとっては、窓からの景色とこのノート、それに娘が撮ってきてくれる写真が、季節の移り変わりを感じさせてくれるものとなっていた。
花はやがて散り、季節は過ぎ去ってゆく。それを惜しむのではなく、二人のおかげで次の季節が来るのを楽しみにするようになれた。
庭に花を植えるのは彼女の趣味で、入院してから娘が率先して植物の世話をしてくれるようになった。
「今朝、耀が大きな荷物を持って出かけたよ」
「うん。今日から合宿だよね。さっき、向こうに着いたってメールが来たよ」
「何年か前まで遠足の前日はろくに眠れなかったのに、今日は僕よりも早く起きてた」
「部長になったからだろうけど、ずいぶん細かいことまで気にしてたからなあ。心配性は誰に似たのやら」
景子は少し笑って夫の顔を見た。彼は軽く頭をかきながら目をそらした。
「このカメラ」
話題を変えるように、彼は鞄からカメラを取り出した。一年半ほど前に景子が耀から受け取ったものだ。
「プレゼントするのが、少し遅れたね」
「遅れたなんてことはないよ。欲しいって言ったこと、覚えていてくれてありがとう」
「どういたしまして」
「そのかわりに耀に色々と条件を付けさせたみたいだけど」
「君は昔から説明書を読まずに直感で操作するからね」
庭のことは娘に任せて、彼はこのカメラで家の中や身の回りの写真を撮って、お見舞いの時に妻に見せる。彼女が家にいない間に変わったことも、変わらないことも写真に撮る。帰ってきたときに違和感がないように。
「ちょっと操作を間違えたくらいじゃ壊れないって。さすが国産」
「耀も、調べないでとりあえず動かしてみたりするし。パソコンとか」
「誰に似たんだろうねえ?」
「親子だなあ」
「あなたもね」
二人は笑った。
「そういえば、春休みが始まった頃にあの子が友達を連れてきたよ」
思い出したように、妻が言った。
「へえ。家には何度も友達が来たけど、こっちに来たのは初めてじゃないか?」
「うん。いい友だちができて何より」
「そうだね」
しばらく、二人とも窓の外を眺めていた。
「ところで、その友達って男ではないよね?」
と、夫が聞いた。
「うん。女の子だったよ。……一人は」