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「梅の花はそろそろ終わりだね」

 病室から外を見て、瑳内(さない)景子(けいこ)は夫に言った。窓の外に見える連なった山の中に、ポツポツと白っぽい色が点在している。見下ろすと、病院の駐車場と畑の間に白い花をつけた木々が何本か並んでいる。

「そうだね」

 夫も窓の外に目を向けて、そうこたえた。

「菜の花はまだ続くし、次は桜の番だね」

「もう咲き始めてるみたいだ。遠目だと梅か桜かわからないな」

「あと二三日もすればはっきりするよ。ところで、うちの庭花は順調に咲いてる?」

「問題ないよ。耀が手入れしてるからね」

 夫は、写真立ての日本水仙に目を向けてから、鞄から一冊のノートを取り出した。庭の植物の成長を記したノートで、朝食の後このノートを書くのが彼の日課になっている。

 外にでることが少ない景子にとっては、窓からの景色とこのノート、それに娘が撮ってきてくれる写真が、季節の移り変わりを感じさせてくれるものとなっていた。

 花はやがて散り、季節は過ぎ去ってゆく。それを惜しむのではなく、二人のおかげで次の季節が来るのを楽しみにするようになれた。

 庭に花を植えるのは彼女の趣味で、入院してから娘が率先して植物の世話をしてくれるようになった。

「今朝、耀が大きな荷物を持って出かけたよ」

「うん。今日から合宿だよね。さっき、向こうに着いたってメールが来たよ」

「何年か前まで遠足の前日はろくに眠れなかったのに、今日は僕よりも早く起きてた」

「部長になったからだろうけど、ずいぶん細かいことまで気にしてたからなあ。心配性は誰に似たのやら」

 景子は少し笑って夫の顔を見た。彼は軽く頭をかきながら目をそらした。

「このカメラ」

 話題を変えるように、彼は鞄からカメラを取り出した。一年半ほど前に景子が耀から受け取ったものだ。

「プレゼントするのが、少し遅れたね」

「遅れたなんてことはないよ。欲しいって言ったこと、覚えていてくれてありがとう」

「どういたしまして」

「そのかわりに耀に色々と条件を付けさせたみたいだけど」

「君は昔から説明書を読まずに直感で操作するからね」

 庭のことは娘に任せて、彼はこのカメラで家の中や身の回りの写真を撮って、お見舞いの時に妻に見せる。彼女が家にいない間に変わったことも、変わらないことも写真に撮る。帰ってきたときに違和感がないように。

「ちょっと操作を間違えたくらいじゃ壊れないって。さすが国産」

「耀も、調べないでとりあえず動かしてみたりするし。パソコンとか」

「誰に似たんだろうねえ?」

「親子だなあ」

「あなたもね」

 二人は笑った。

「そういえば、春休みが始まった頃にあの子が友達を連れてきたよ」

 思い出したように、妻が言った。

「へえ。家には何度も友達が来たけど、こっちに来たのは初めてじゃないか?」

「うん。いい友だちができて何より」

「そうだね」

 しばらく、二人とも窓の外を眺めていた。

「ところで、その友達って男ではないよね?」

 と、夫が聞いた。

「うん。女の子だったよ。……一人は」

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