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 雪は舞ったが積もらなかった。三つ上の先輩が卒業した。短い間に桜が咲いて散り始めた。彼女の学年が一つ上がった。そして、後輩が入部した。

「同じ日文の子で、なんと二眼レフを使ってる」

「二眼かあ、昔……、いや、少し前まではよく見かけたけど、今じゃ珍しいよね」

「何十年前のことだか。フィルムカメラですら珍しいけどね、今だと」

 新年度になっても、耀のすることはあまり変わらなかった。部活動は週に二回、近所のスーパーでバイトもしている。この日はバイトが入っていて、病院から直接行くつもりだ。

 二年になって講義の時間割が変わり、この日は午前中に終わったので、午後の面会時間が始まってからすぐに来た。

 初夏というにはまだ早い季節、自転車で病院までの坂を下りるとき、風が心地よかった。

 いい日和だった。こういう日には行きたくなる場所がある。

「屋上に行かない?」

 耀はベッドに座っている母に提案した。

「よし、行こう」

 病室は最上階の五階なので、階段を一つ上がるだけで屋上に出られる。母は手すりにつかまりながらゆっくりと、一歩ずつ階段をのぼった。耀は、何度か手を伸ばしかけたが、手を貸すことはなかった。

 屋上では、真っ白なシーツが風でわずかにゆれていた。

「風も日差しもちょうどいい。」

 母はそう言って、腕を挙げて背伸びをした。

 真っ白なシーツと青い空、緑の山は色のバランスがいい、と耀は思った。しかし、カメラは病室の鞄の中だ。

「この前、あの山を登った」

 正面に連なる山のうち、一番左の、頂上に鉄塔がある山を指さして言った。

「毎年新入部員と一緒に登る。あまり高い山じゃないけど、慣れてない人は大変そうだった。頂上からは、この町が見えたよ」

 耀は、山道を思い出しながら話した。

 眼下には田植えを終えたばかりの田圃があり、穏やかな水面は空の色をうつしていた。

「頂上から、ここは見えた?」

「うん。見えた」

「私も登ったことあるけど、だいぶ前のことだしね。その時とは町の景色が相当変わってるんだろうな」

「今度、登ろうよ」

 口にすべきか迷ったが、耀は言った。

 高速道路の向こう側の線路を、電車が走っている。二人は山の間に見えなくなっていく電車を見ていた。この前、あの電車で山の麓まで行った。

「そのときは、お父さんも一緒に、三人で登ろうか」

 母の返事に少し安心した。

「うん。そうしよう」

 いつ登るかは決められなかった。

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