三
翌週、彼女が母の病室を訪ねたとき、枕頭台に置かれた写真立ての中身が変わっていることに気づいた。
この写真立てには、彼女が撮ってきた写真がいつも飾られている。自宅の庭で花が咲くと、それを撮ってここに持ってくる。母は一ヶ月ほどで写真を変える。枯れないぶん、本物を持ってくるよりこの方がいい、と彼女は思っている。
前回来た時はヒマワリの写真が入っていた。
今は、写真部で出かけた時に撮った集合写真(といっても、部員は五人だけだが)が飾られている。先週、写真部の部長から彼女に渡され、自分で見せるのは気恥ずかしかったので父に頼んで母に渡してもらった写真だ。
目の前で自分の写った写真を見られるのは、照れる。
「チェンジで!」
いたずらを成功させた子供のような顔に迎えられた彼女は、早速昨日撮ったコスモスの写真を差し出した。
写真立てには、金木犀の写真が飾られている。
少し前まではこがねいろの穂をなびかせていた稲も刈り取られた。病院の入り口の交差点から見える田圃には、乾いてひび割れた土の上に稲掛けが並んでいる。この光景には夕暮れの赤い光がよく似合いそうだ、と彼女は思った。
前回お見舞いに来たとき、帰り際に母の担当医と話した。付き添いの人がいれば、病院の外に出てもいいと許可をもらった。
彼女は、あまり大きくないダンボールを抱えて病室に入った。
「大荷物だね」
「誕生日のプレゼント。お父さんと私から」
母にダンボールを渡した。
「ありがとう。開けていい?」
「どうぞどうぞ」
ダンボールを開けると、中からは何重もの緩衝材に包まれた大小二つの塊が出てきた。大きい方から丁寧に緩衝材をはがしていくと、銀色のカメラが姿を現した。
母は、そのカメラをまじまじと見て、
「覚えててくれたんだ」
誰にでもなくつぶやいた。
父の話によると、数年前に母が欲しがっていたカメラだそうだ。メーカーは違うが、彼女の貰ったカメラとレンズの互換性がある。
「ありがとう、耀。高かったでしょ、これ」
「それなりには。大切に使って」
「もちろんだよ」
もう一つの塊はレンズだった。早速、カメラに装着した。レンジファインダーカメラなのでレンズを付けなくてもファインダーが見えるが、つけたほうが雰囲気が出る。母はカメラをいろいろな角度から眺め回した。
ひと通り見終わると、耀は鞄からクリアファイルを取り出し、中からホチキスでまとめられた数枚の紙を差し出した。
「お父さんから。説明書だって」
「よく手に入ったね」
「ウェブサイトからダウンロードできるらしい」
「さすがだね」
「ねー」
表紙に「よく読んでから使うように」とボールペンで書かれていた。
「よし、撮影に行こう」
母は説明書を読まずに脇に置いて言った。耀が一緒なら外出許可がおりるはずだ。
「お父さんから、もう一つ預かっているものがある」
と耀が言った。
「まだあるの?」
耀は鞄から、小さな円柱形のプラスチックの容器を取り出した。
「『説明書を読み終わるまでフィルムを渡すな』とのお達しで」
「さすが、よくわかってらっしゃる」
あきれながらも、母はどこか嬉しそうだった。