表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/8

 階段で五階まで上ってきたとき、その部屋の扉が開いているのが見えた。検温の時間は過ぎているはずなので、掃除でもしているのだろうかと思い、しばらく様子をうかがうことにした。

 廊下の、部屋の中が見えない場所で立ち止まり、窓から中庭を見おろした。向かいの棟の手前に桜が何本か並んでいる。つい先日、同じ場所から葉桜を眺めた。その桜の木々は、今は新緑の葉に覆われている。

 開いていた扉から知った顔の看護師さんが出てきて、扉を閉めた。面会時間は始まっているが、なにか用事があったのだろうか。と、彼女は思った。

 看護師さんが出てきた部屋の扉をノックした。「どうぞー」という朗らかな声を聞いて、彼女は扉を横に開いた。

 白いベッドに座っている母が笑顔で出迎えてくれた。

「いらっしゃい」

「おじゃまします」

「自分の家だと思ってくつろいでくれたまえ」

「自分の家とは思えないけど、くつろぐよ」

 彼女はベッドの脇に置かれている椅子に座った。座ると、正面の窓から外が見える。近くに大きな建物がないので見晴らしがいい。

「これ、面白かったから一気に読んじゃったよ」

 母は、枕頭台の写真立ての横に置いてある本を取って、彼女に差し出した。

「もう読んだの。ちゃんと寝てる?」

「大丈夫だって」

「ホントかなあ」

 そう言いつつも、彼女は本を受け取って、代わりに鞄から出した本を母に渡した。

「ありがとう。いつも面白い本を選んでくれるから楽しみだよ」

「褒めたって、本しか出ないよ」

「可愛い一人娘の、少し照れた顔が見られる」

 どちらが子供だかわからないようなことを言う。と彼女は思った。その態度は根っからのものなのか、それとも心配をかけまいとしてわざとそうしているのか、彼女にはわからない。何年もずっと、この調子だった。

「学校にはもう慣れた?」

 写真立ての横に本をおいてから、母が聞いた。写真立てには鈴蘭の花の写真が入れてある。

「うん。時間割も高校より楽だし」

「毎日朝から夕方まで授業があるわけじゃないんだよね」

「そう。春学期は一般教養が多いけど」

「入り口はとっつきづらいって思うかもしれないけど、知っていくうちに面白くなるよ」

「そういうものかな」

 母はベッドの横の台に乗っている時計に目をやってから、思い出したように、

「そういえば、サークルとか部活には入ったの?」

 と聞いた。

「入ったよ。写真部」

 彼女は、少し逡巡してからこたえた。

 それを聞いて、母は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに微笑に変わった。

「自分のために時間を使っていいんだよ」

 言い聞かせるように、母が言った。少しさみしそうな顔に見えた。

「買いかぶりすぎ。私はやりたいことをしてるよ」

「でも、写真は、私がカメラをあげたからでしょ」

「きっかけはそうだよ。でも、続けてるのも、写真部に入ったのも私の意志」

 母は娘の顔を見つめた。

「そっか」

 納得したわけではないだろう。何を言っても揺るがないということがわかったのだろうと思う。

「でも、入学から少し時間が経ってから入ったってことは、……男か。口説かれちゃったか」

「違うよ。写真部に誘ったのは私の方だし」

 焦って言ってから、失言に気づいた。

 番外編のような話なので、珍しくあらすじをまともに書こうと思いましたが、前書きみたいな内容になってしまいました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ