手がかり探し
「これは………」
報告された戦況を聞いてイツキ以下、臨時に編成されたガーンズ、ウィーズ両軍の元指揮官からなる司令部は苦虫をかみつぶしたような表情になった。
「ひでぇことになってんな」
あの宣戦布告のすぐ後に敵は動いたようで、わずか1時間の間に主要都市の半数は占領されてしまった。その上、敵部隊の装備や練度は極めて高く、占領地域には早々と防衛線が敷かれていた。1年かけて両軍ともに軍縮に努めてきた現在、この正体不明の敵部隊相手に勝てる要素はほぼ皆無と言えるだろう。
「民間人の被害は?」
「報告はありません。電撃的な制圧作戦だったようですが少なくとも死者は確認されておりません」
「それだけが救い、かな」
「こちらの戦力は?」
「端的に申し上げますと敵は少なくともこちらの5倍の戦力を有しています」
「………ご苦労さま、下がっていいよ」
「ハッ!」
報告の兵士を下がらせると指揮官たちは口々に思うことを言い始めた。
「5倍の戦力相手にどう向かうか、ですな」
「決まっておろう!不届きな愚か者に鉄槌を下すのだ!」
「老害は黙ってください。そう易々といかないからみんな頭を痛めているのが分かりませんか?」
「何を!?この若造めが!」
始まって3分も立たないうちに罵詈雑言が飛び交う。両政府の要請で立ち上げた対策司令部であるが、これは明らかに無理があっただろうなとイツキは内心思った。元々は敵同士だった者たちがいきなり湧いて出た相手に力を合わせろと言われても無理だ、と言われれば仕方ないのかもしれない。
「っち、これだから頭の固い連中はよぉ」
「しかし、このままではまずいですね」
横にいたガルシアとクレイグも小さく呟く。発足1時間で空中分解寸前というのは非常によろしくない。お互いがお互いの主張を是としない彼らを、イツキたちは早々に見限ることにした。
3人で部屋から退室し、外にいる護衛の兵士に「全員疲れて寝ちゃったから起こさないであげて」と言い含めてその場を去った。
怪訝に思った兵士が中をのぞくと、全員が机に突っ伏して気絶している光景を目撃した。そして兵士は見てはいけなかったであろうその光景を見なかったことにした。
ーーーーーー
「さてみんな、手伝ってもらうよ」
その後、イツキたちの姿はガルシアの定食屋にあった。集まっているのはお馴染みの面々、そしてその傍らにあるのは対象の写真やハードディスク。
「ここにあるのは占領された各都市や主要な街道の航空写真や映像だよ。今からこれをみんなで確認してもらうから」
「えっと、何を見ればいいんですか?」
「敵の指揮官やこの反乱の首謀者を見つけたいんだ。少ない戦力で効率よく叩くには頭を仕留めるしかない」
「うへぇ、この数をかぁ」
「悪いけど手掛かりを見つけるまでは虱潰しだからよろしくね」
「「「「了解」」」」
クレイグ、キルオン、アリス、ガルシアの4人に指示を出すと、イツキは別室のニールとネールのところへ向かった。
「そっちはどうだい?」
「問題な~し」
「モニター中~」
そこには大量のディスプレイに囲まれたニールとネールがいた。しきりにキーボードを叩いてはディスプレイを眺めている。齢7歳の幼女としては非常に健康に悪い図だが、彼女たちにとっては日常であった。
「収穫は?」
「ヒットなし~」
「撮ったのはあっち~」
「ありがと」
今回ニールとネールがやっているのはリアルタイムの各地の監視だ。軍事衛星やドローンを密かに動かして敵の動きを観察中なのである。
「じゃあ見せてもらおうかな………って多いね」
さすがに監視と言ってもこの2人に任せることは出来ないので、自分で確認する必要がある。しかし時間はともかく場所の数は多い。おまけに今まさに確認すべき映像は増えているのだ。
「………やりますか」
せめて早く目的に当たりますように、そう思いながらイツキは再生ボタンを押した。
ーーーーーー
「ぐへぇ………」
恐らく日を跨いでいるであろう時刻、ガルシアの定食屋はある種の修羅場のようになっていた。ちょくちょく休憩を挟みはしたものの各々の眼は充血して紅くなり、すでに気力は限界に達しようとしていた。誰一人として当たりを引けなかったことに起因する半永久的に終わらないルーチンワークは若者(約1名を除く)の精神をゴリゴリと削り取っていく。因みにニールとネールは早々に寝た。
「もう、ダメ……です………」
「オデも、限………界………」
「諦めないで、よ………援軍、呼んだからさ」
「こんな時間に、誰が来ます………?大佐殿………」
「イツキの嬢ちゃんよぉ、さすがにキツいぞぉ?」
「仕方ないじゃないですか………司令部無視してるんですから、時間がないん、ですよ………」
ご覧の有り様である。部隊は壊滅寸前、マジで玉砕5秒前である。それぞれが睡魔に白旗を振ろうと意識を手放す。すると待ってましたとばかりに各々の身体を代え難い幸福感と快感が包んだ。あぁ、このまま果てることのない桃源郷へ………。
と、そこに待ったをかける者が現れた。
「待たせたな!」
時刻は午後11時を回ろうと言うのにバカでかい声とともに現れたのはヤチヨだった。そして死屍累々の惨状を見て、これ見よがしにため息をつく。
「お前らなぁ、物事には加減ってあるだろ?無茶しすぎだ、もう4時だぞ」
「遅すぎぃ………、何してたのさ……」
「助っ人を連れてきたのよ。人手は多い方がいいかと思って」
「助っ人、ですか………?」
「そ、入ってこーい」
「ヤチヨちゃーん、私も眠いんだけど?」
いかにも戦力にならない感じのする眠そうな声とともに入ってきたのは、1人の女だった。青いチャイナ服の髪を後ろで2本に束ねた女である。
「「「「「………誰?」」」」」




