1年ぶりの銃声
「せっかくの晴れ舞台、お邪魔して申し訳ありません」
その声は上から聞こえてきた。拡声器を使っているわけでもないが、誰の耳にも届くはっきりした声は広い会場に余すことなく聞こえ、その場にいた全員の視線を誘導した。
視線の先には1人の人間がいた。手足が2本ずつあり、甲冑をまとい立っている。そう、立っているのだ、空中で。
「........誰かな?君は」
「私はジアルと申します。本日はあなた方同様、全世界へのメッセージを伝えるべくこの地に参上いたしました」
会場は先程とは打って変わってピリピリとした緊張感が漂う空気となってしまった。この乱入者は何者なのか、この場にいる全員の関心は甲冑の男に向けられていた。
「ちょうど1年前、この世界は新たな歴史を刻みました。ここにいる彼女たちの手によって」
「300年に及んだ戦争は彼女たちの平和を欲する大いなる意志によって導き出された答です」
ジアルは言葉を紡ぐ。その言葉はこの場のすべての人間に一切の抵抗をさせない、心に直接語りかけるかのような独特の響きを持っていた。
「しかし、果たしてそれは人間が勝ち取った勝利と言えるでしょうか?」
「ごく一部の手によって死に物狂いで掴み取られた平和を果たして万人に享受する権利があると言えるでしょうか?」
「何を勝手な........」
アリスが呟いたのをジアルは聞き逃さなかった。アリスを一瞥すると、より強く語り出す。
「私は、我々は屍を踏み台にただ上から降ってくる恵みを待ち構えるだけの存在が許せないのです」
「ついてはあなた方人間に、平和を享受する権利があることを証明していただきたい」
その言葉を聞いて壇上のイツキたちは青ざめた。彼が何をしにここに来たのかを察してしまったのだ。そして同時に彼が何を言わんとしているかを理解した。
目の前の群衆は依然として疑問符を浮かべている。目線こそ釘付けなものの、すでに最初の緊張感は失われつつある。物珍しさで眺める者もいれば、まるで頭のおかしい人を見るかのような目もある。そんな、物事の本質を見抜けずに目の前の異常事態を傍観するだけの群衆に、イツキはどこか落胆めいたものを感じた。
「では、この状況にあってこともあろうに"飽きている"方もいるようなので、回りくどい真似はここまでといたしま………」
パァン!
「………ふむ」
乾いた快音が、ジアルの言葉に飲み込まれていた人々に平手打ちのように染み込む。何事かと全員が音のした方を向く。そこには1人の男がいた。クレイグだ。
「貴様が何者かは知らんが、その先の言葉を言わせるわけにはいかない」
手には拳銃が握られ、その銃口からは微かに硝煙が立っている。手先が微かに動き、もう一度発射態勢が取られる。
「次は当てる、逃げられると思うなよ?」
弱点である甲冑のつなぎ目に狙いを定めていることを察したジアルは、全く怖じ気づかない。それどころか声を高らかに笑い出した。心底おかしいとでも言うように、またはそれを待っていたとでも言うように。
「いや、私が言うまでもない。今あなたが自らの手で代弁してくれましたから」
「何を言って………」
「皆さん、これが人間のあるべき姿なのです!平和を求めて戦いに身を投じ、平和を脅かす存在を滅するために戦いに身を投じる。彼はそれを示してくださいました」
「そしてあなた方は死に物狂いで平和を求めて戦い、死に物狂いで平和を死守することができるのか、それを示していただくべく私はここに宣言します」
「待て!やめろ!」
「我等はこの世界に対し、宣戦を布告します」
宣告布告、この世で何よりも聞きたくないと言って差し支えのない言葉と言っても過言ではない言葉を、この男はいとも簡単に言ってのけた。戦意に酔いしれ高らかに叫ぶでもなく恐怖に怯えながら絞り出すようにつぶやくでもない。ただ事務的に淡々と言い放ったその様は人々の思考を麻痺させた。
人々に一切の思考を放棄させた空間は昼間だというのに音の1つも聞こえない。聞こえはしないが思考を取り戻した者から少しづつ青ざめていく。そこにジアルは火に油を注ぐような発言をした。
「抗うことはできても逃げることはできない、これは神が人間に課した試練なのだ」
それまでとはまるで違う、芯まで冷え切った声を聞いた群衆は一瞬でパニックに陥った。波1つ立っていなかった水面に大きな石を投げ込むように、この場から落ち着きという言葉が消え失せた。
「………よくもやってくれたね」
事を今まで見守っていたイツキが口を開く。その目には敵意が含まれる一方、何となく分かってたとでも言いたげな感情もあった。
「私はいわゆる伝書鳩、全ては神の御心なのですよ」
「この期に及んでふざけるつもりかい?」
「信じるか否かはお任せしますが、いずれ私の言葉の意味を知るときが来るでしょう」
嘲笑うかのようそれだけ言うとジアルの体が光に包まれる。魔導の高等術、転位術だった。
「最も、あなたが真のジャンヌ・ダルクであればの話ですが………」
それだけ言い残し、ジアルは姿を消した。




