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酔っ払いの礼儀  作者: 岸上ゲソ
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閑話:運命は馬の頭とともに

 弁明が赦されるのであれば、その日私は絶望していた。

 十二の歳に帝国軍に入隊してからかれこれ二十年、小さな小競り合いから大きな戦まで最前線に身を投じ、気づけば私には闘いの思い出ばかりが残っていた。中でも23の頃に同盟国の要請で援軍として派遣された戦争は、相手が手段を選ばない戦法を採る将だった故にあまりに多くの戦友を失った。友が一人、また一人と消え、私の階級はそれに反比例するかのように上がっていった。ただの三等兵だった私は小隊長になり、中隊を任され、大隊を率いた。そうして五年をかけ戦が落ち着き帰国した私を待っていたのは、貴様の功績を称え帝国軍近衛隊隊長に任ずるという辞令だった。

 この帝国において、近衛に入るということはこの上ない栄誉である。入隊したての幼いばかりだった私も近衛を夢見て剣をとった。だが今、辞令を手にした現実はどうだ。このやるせない虚しさは何だ。この無念さはこの空っぽな私は。広げた両手に残ったものはあまりに少なく、取りこぼしてしまったものたちの大きさに私は滅入っていた。

 心配した部下達に夜の町へ連れていかれたのはその頃だ。きらびやかな店でやってきた高級娼婦は皆美しく、だが何故だか全く心が動かない自分に戸惑った。そのうちの一人に熱心に口説かれ仕方なく部屋へ行ったが、そこで思いもよらない事件が起きた。私の体は美しい高級娼婦のどれほど熱心な妙技を持ってしても、ぴくりとも反応しなかったのだ。

 戦にのめり込みすぎていた私はもう何年も女を抱いていなかった。知らぬうちに病気でもしたかと医者に行ったが、体に異常はなく心理的なものに因る不能と言われた。そして心理的なものだからこれという特効薬はないのだとも。

 けれども己が不能だと認めることができなかった私は、溜まっていた休暇をとりあらゆる検証を始めた。幸いにも私の顔はそう悪いものではないらしいが、言い寄ってくる女性には全く反応しそうになかった。ならばもしや男なら反応するんじゃないかとその筋の人間に会ってみたりしたが、抱きつかれたとたん鳥肌がたち思わず殴り飛ばしてしまった。媚薬と精力増強薬を飲んでみたが吐き気がして嘔吐しただけだった。その後も思い付く限りのことを我が身に試したが、そのどれもが空振りに終わり、私は疲れ、諦めた。

 休暇も残すところ2日となった夜、酒場の隅で酒を飲んでいたら馬面の酔っ払いに絡まれた。馬面と言うのは比喩でなくそのままの意味だ。その酔っ払いはやたら精巧にできた所謂パーティーグッズによくある馬のかぶりものを装備していたのだ。しかもその馬はやたら上機嫌だった。酒臭い息をかけながらうっはははニィちゃんなに不味そうに酒のんでだと私に絡み、絡んだと思ったら爆笑し、イラついた私が何がおかしいと怒鳴るとおかしいのは私だと凄まじい剣幕で怒鳴り返された。否定のしようがないのでそうだなと微妙な気分で頷くと、馬はおかしいなら何で笑わないんだ笑わないなら死ねと私の首を絞め始めた。馬はすこぶる酔っていたため力は何てことないものだったが、私は抵抗せず小さく笑って、死ねるものならもうとうに死んでいると言った。馬は首を絞めるのをやめ、えっ何だよやめろよこちとら今日は甥っ子が近衛に入隊決まってごきげんなんだ、よしこの馬に何があったか言うてみやがれと酒瓶片手にバンバンテーブルを叩いた。何で私は馬のかぶりものをつけた酔っ払い相手に酒を飲んでいるんだろうと色々馬鹿らしくなり、私は洗いざらい馬にぶちまけた。

 馬は号泣した。号泣し、立ち上がるとお前は何も悪くない!と叫び軍歌を歌い出して肩を組んできた。気付けば私も大声で歌いながら軍歌を歌っていた。馬と私は健闘を称えあい、祝杯を上げ、もう一件行くぞと場所を変えた。だが酒に強くない私は直ぐに潰れ、道端で吐いて倒れて馬の肩を借りることになった。休むために近くの宿に入ったら連れ込み宿であったが私は不能であるし相手は馬だ。間違いなど起こし方も分からないのでそのままベットへ沈んだ。だが馬がいきなり私にのしかかり、寝るなら脱げ裸祭りだと服を剥がれ何故か馬も脱いだ。馬の頭が落ち、白い裸体に赤銅色の髪がすべる。酔っていたとはいえ馬が女とは気づかなかった己と視界が霞んでその顔が良く見えない事に悔しさを覚えた。そんな私に自分自身驚いた。ふとどこかむず痒い感覚が走り、まさかと下半身に手を伸ばす。―――反応している!

 私はただただ驚き、驚愕したまま隣に大の字で転がった馬だった彼女に言った。おい、奇跡だ。勃った。彼女ががばりと起き上がり、何だと!マジか!と叫んで布団をめくった。途端に部屋の明かりが落ちてしまい、薄暗い中二人してそそりたつその勇姿を拝み涙した。涙しながら彼女が折角勃ったんだから使えよ!と立ち上がり、私もよしそうだなと答えてこれ以上ないほど濃い夜を過ごした。久し振りすぎるそれはあまりに気持ちよすぎて、彼女が失神しても止まらなかった。私はその時、凍えきっていた心が暖かいもので溢れていた。


 ところが翌朝目を覚ますと彼女は消えていた。都合のいい夢でも見たかと考えたが、体の心地よい疲労がそれを否定する。部屋代金は既に支払われ、残っていたのは枕元に忘れられたピアスと馬のかぶりもののみ。

 ―――会いたい。

 心の奥が甘くじりじりと音をたてたのが解った。私はこの時、すでに彼女に恋をしていた。絶対に探しだし、もう一度この手に抱くことを決意した。


 それから一月ほど後、新人歓迎会で酔い潰れた部下のリールベイに連れていかれた先で、私は彼女と再開した。

 馬のマスクは無くあの時とあまりに印象が違う姿にすぐ気付けなかったが、私の記憶と彼女を結びつける失言をしてくれたリールベイには感謝してもしきれない。私はらしくもなく、運命という不確かなものを信じたい気持ちになった。



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