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メッセージ  作者: けせらせら
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門脇妙子 1-4

「前回、聞くのを忘れたけど――」

 と、徳永香織がソファに座ると浅川は口を開いた。「君の力のこと、ご両親は知っているのかな?」

「さあ……どうでしょう……力のことは誰にも話した事はありません。でも、ひょっとしたら母はある程度感じ取ってるかもしれません」

 少し考えてから香織は答えた。

「それじゃ君のご両親が同じ力を持っているかどうかもわからないわけだね」

「いえ、父や母が同じ力を持ってるなんてことはないと思います」

「どうしてそんなことが言えるの?」

 その質問に香織は少しだけ視線を落として考えた後

「わかりません。けど、私にはわかるんです。父や母にこの力はありません」

「そう」

 あえて浅川もそれ以上は訊こうとはしなかった。力を持つ香織がそう感じるのであれば、それは間違いないだろう。

「一つ訊いてもいいですか?」

「どんなこと?」

「先日、美鈴さんが話してた掲示板のことなんですが……今朝の新聞に出ていたのはあのことなんでしょうか?」

 香織は表情を固くして訊いた。

 昨日、美鈴の同級生である藤代光男の家に切り取られた指が送られてきた事件のことは今朝の新聞やニュースで大々的に取り上げられている。

「……ああ、そうだよ。昨日、僕の知り合いの刑事さんもそのことについてここに来て話していった」

「やはりその女性は殺されたんでしょうか」

「さあ……指を切り落とされたくらいでは人間は死なないけど……ひょっとして何かが見えたの?」

 浅川は覗き込むように香織の瞳の奥を見た。

「え……ええ……」

 香織は言葉を濁した。

「何が見えたの?」

「指を切り取られてバスルームに倒れている女性の姿です」

 そして、香織は昨夜、自分が見たことを話し始めた。


 ふと目が冷めた。

 まだ夜明けは遠く、暗闇が部屋を満たしている。

 ちらりと視線を動かして壁に掛かった時計を見る。まだ午前2時を過ぎたばかりだ。香織はそのままキョロキョロと瞳だけを動かし、部屋のなかを探った。そして、部屋のなかに何の気配もないことを確認するとゆっくりと身体を起こした。

(いない……)

 いつもこんなふうに目が冷める時は、大抵、何かが身近に存在しているときだ。むしろ何も存在していないことのほうが珍しい。

 もう一度部屋を見回し、何も存在していないことを確認してから、香織は再び毛布のなかに潜ろうとした。だが、次の瞬間――

 ピチャン……

 水の音が1階から聞こえてくる。

 香織ははっとして再び起き上がった。

 再びピチャンという音が響く。普通の水道の音なら2階にいる香織の部屋まで聞こえるはずがない。それはまるで香織のことを誘っているように聞こえた。

(誰かがいる)

 大きく深呼吸をしてからベッドからするりと抜け出した。そして、パジャマ姿のまま電気をつけることなく、ゆっくりと壁を探りながら部屋を出ると階段を降りて行く。

 父も母もこの時間はぐっすりと眠っていることだろう。起こさないようにそっと足を忍ばせながら階段を降りるとバスルームへ足を向けた。

 微かに水の音が聞こえている。だが、それが現実のものでないことは香織にはわかっている。

 バスルームの扉を開け、浴室の曇りガラスをじっと見つめる。月明かりがわずかに照らしている。

 シャワーの音が聞こえる。父や母のはずがないことはわかっている。

 自分の身体が微かに震えているのが感じられる。

(なぜ?)

 これまでにも何度も同じような経験をしてきている。今更、なぜこんなに不安に感じるのだろう。

 香織は震える指で浴室のドアを開けた。そして、目の前の光景にはっとして一歩後ずさった。

 暗い浴室の中、一人の若い女性が全裸の状態でその隅に蹲っている。シャワーの冷たい水を頭から浴びて、寒さに打ち震えている。

 その女性に香織は見覚えがなかった。

 香織はごくりと唾を飲むとそっと声を出した。

「誰……?」

 香織が声を出すと女性は視線を香織へ向けた。怯え、窪んだその目。女性はまるで訴えかけるような目で香織を見ると、香織に向かって弱々しく右手を差し出した。その右手の先を見て、香織は背筋が寒くなるのを感じた。

 その女性の指は全て指の付け根で切断されていたのだ。

 それを見た瞬間、香織は浅川のところで見た掲示板のことを思い出した。

 膝をかかえるもう一方の手も指は全て切断されている。そして、それは足の指も同様だった。浴室の床が血で真っ赤に染まっている。

 あまりの恐怖に香織はクラリと気を失いそうになり、思わず壁にもたれかかった。

「あなたは……まさか……」

 そう言った香織に向かって女性がわずかに口を動かした。

「た……す……け……」

 まるで喉を潰されたようにその声はしわがれていた。濡れた髪が痩せた頬に張り付いている。

「あなたは――」

 香織が話し掛けようとした瞬間、背後のほうでガタリと物音がした。

(お母さん?)

 母親が起きてきたのだろうかと、香織は振り返った。だが、その場の異変に香織ははっとした。

 洗面所の鏡は一部割れ落ち、壁は薄黒く汚れ、そこから見える廊下の床の隅にも大きな埃の塊が落ちている。

 ついさっきまで自分の家にいたはずなのに、いつの間にかそこはまったく見知らぬ他人の家に変っている。

(ここは……どこなの?)

 こんなことは初めてだった。

 香織はうろたえた。ゆっくりと足音が近づいてくる。女性のほうを見るとその足音を聞いて、指のなくなった両腕で自分の身体を抱きしめ振るえている。

(犯人が……来る)

 緊張感が全身を包み、香織は思わずぎゅっと目を閉じた。


「私が憶えているのはそこまでです。目を開けた時にはいつものように部屋のベッドの中でした」

 香織は話し終わるとテーブルの上に置かれたオレンジジュースに初めて口をつけた。

「夢だったのかな?」

 浅川の言葉に香織は一瞬だけ顔をしかめた。

「そう……ですね。夢と言われても仕方ないことでしょうね」

「君はそうは思っていないってことだね?」

「わかりません。けど、私にはただの夢とは思えないんです……事件のこと、あれから何かわかりましたか?」

 香織は真剣な眼差しで浅川の顔を見つめた。

「昨日、知り合いの刑事さんがここに来て、今回の事件についてちょっと話をさせてもらったよ。けど、新聞やニュースで報道された通り、被害者の指が送られてきただけで、それ以上のことはまだわかっていない」

「……そうですか」

 香織は少し残念そうに視線を落とした。

「今までに同じような経験をしたことは?」

「ありません。あんな感じのは初めてです」

「君は昨夜見た女性の顔を憶えてる?」

 香織は小さく頷いた。

「ええ――うっすらとですけど」

「それじゃ――」

 浅川は立ち上がると部屋の隅に置かれた棚から数枚の写真を持って戻ってきた。「このなかに君が見た女性はいるかな? 最も似ている人を選んでくれる?」

 そう言って香織の前に5枚の写真を並べて見せた。そのなかには昨日、倉田が持ってきた門脇妙子の写真も含まれていた。門脇妙子がこの事件の被害者の可能性があるということは、まだ新聞やニュースでも報じられていない。だが、実際には今朝の時点で倉田から鑑定の結果、あの指が門脇妙子のものだと判定したという連絡を受けている。他の4枚の写真は浅川の知り合いや、浅川が教師をやっていた学校の学生の写真で事件とはまったく無関係のものだ。

 香織はその5枚の写真を食い入るように見つめている。浅川は自分の視線が門脇妙子の写真を無意識のうちに見てしまわないように気をつけながら香織の様子を伺った。

 香織は一枚一枚、その写真をじっと見つめていたが、やがて、そのなかの一枚を指差した。

「写真とは多少印象が違っているけど、この人に間違いないと思います」

 浅川は香織が指差した写真を見て息を飲んだ。それは紛れも無く昨日倉田が持ってきた門脇妙子のものだった。


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