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メッセージ  作者: けせらせら
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門脇妙子 1-3

 学校を辞めてすでに一週間が過ぎようとしている。

 これまで仕事に追われていた毎日とは違い、時間を持て余すことも多くなっていた。徳永香織はこれまで大学からの帰宅途中に2度、浅川のもとを訪れている。それは浅川にとって何よりも楽しみな時間の一つになっていた。

 美鈴が心配していた掲示板の件もあれ以来何も起こっていない。あれはただの悪戯に過ぎなかったのかもしれない。

 浅川はいつものようにコーヒーを飲みながら、ぼんやりと新聞を広げていた。仕事を辞めて曜日感覚が失われるのを予防するかのように、浅川は毎日新聞記事の隅々まで目を通す事にしている。

 その時、チャイムが部屋に鳴り響いた。

 浅川は顔をあげると思わず壁に掛けられた時計に視線を移した。5年前、浅川が教師になった初めての年に、美鈴が就職祝いにと少ない小遣いのなかから買ってくれたものだ。午前11時。おそらく香織ではないだろう。香織が来るときはいつも事前に電話をよこすことになっている。

(誰だ?)

 再びせわしなくチャイムが響く。その気短なチャイムの鳴らし方に、浅川は一人の男の顔を思い出した。

 結局、浅川が玄関のドアを開けるまで、ほんの1、2分の間に5回以上もチャイムが鳴り響いた。

 ドアを開けると予想した通りの男が立っていた。

「よお、やっぱりいたな」

 倉田俊彦は宮城県警捜査1課の刑事で、浅川にとっては大学時代の2年先輩にあたる。その大柄な体格やいかつい顔つきは生まれつき刑事になることが定められていたかのように感じる。

 あまりセンスがいいとは言えない黒いスーツを着た倉田は浅川に断ることもなく、靴を脱ぐと上がりこみリビングのドアを開けた。

「ええ、そんなに何度も鳴らさなくてもちゃんと聞こえてますよ。あれ? 一人ですか? 今日は休みですか?」

 刑事がいつも二人以上でチームを組んで行動するルールになっていることは浅川も聞いて知っている。

「休みぃ? おまえじゃあるまいし、そんな優雅な生活してねえよ。相棒なら車のなかで待たせてる。今年の春に入ったばかりの新人でな。パチンコでもしてろって言うのに生真面目に車で待つほうを選びやがった」

 そう言って倉田はどっかとソファに腰を降ろした。

「何か飲みますか?」

「いや、いらん」

 手を振る倉田を見て浅川もソファに座る。

「今日はどうしたんですか?」

「おまえ教師辞めたんだってな」

 倉田は唐突に切り出した。

「ええ――どうしてそれを?」

 浅川は倉田がそのことを知っていることに驚いた。だが、考えてみればそれを知っているからこそ、こんな平日の昼間にやってきたのだろう。

「服部教授が教えてくれたんだ」

「服部教授?」

 服部教授は大学時代の恩師で心理学部の教授をしている。先日辞めた白新学園も服部に紹介してもらって就職したところだった。浅川は最近会っていないが、倉田は今でも時々大学に訪れているらしい。

「教授、おまえが辞めたって聞いてがっかりしていたぞ。まあ、いずれ辞めるだろうとは思っていたみたいだがな」

 浅川は肩をすくめて苦笑いした。服部教授からの紹介で就職したのだから、辞めればその連絡が教授の元に届いていてもおかしくはない。近いうちに一度挨拶にいかなければいけないだろう。

「俺も同じように思ったけどな」

 倉田はニヤリと笑って付け加えた。

「ひどいですね」

「もともとおまえにゃ教師なんて仕事は向いてないんだよ」

「そうですか?」

「教師なんてお山の大将を気取りたい奴がやるもんだ。大人の社会で通用せず、せめて子供たちの中だけでも『先生』と呼ばれたい奴らの集まりなんだからな」

 倉田の教師に対する評価はあまり高くは無い。

「そんなことはありませんよ。中にはマジメに生徒のことを考えてる教育熱心な教師だっていますよ」

「甘いな。今の世の中、警官と教師ほど信用出来ない人種はいないぞ」

 倉田はマジメな顔をして言った。

「倉田さんも刑事じゃないですか」

「今話してるのはあくまでも一般論だ。俺は一般論には含まれん。おまえみたいな奴が本気で教師なんてやったらすぐにノイローゼになっちまうよ」

「それでも5年やってたんですよ。別にノイローゼにはならなかったですけどね」

「ギリギリだったんだよ。それで? これからどうするつもりなんだ?」

「さあ……」

「何も考えてないのか?」

「今のところは」

「ま、おまえ一人くらいならマンションの家賃収入で食っていけるか」

 倉田はあっさりと言った。だが、それも決して嫌味には聞こえない。もともと遠まわしに嫌味や皮肉など言わないタイプの男だ。

「美鈴にはマンションの管理人をやれって言われてますよ」

 倉田も美鈴のことはよく知っている。

「美鈴ちゃん?……ふぅん……そうか、それもいいかもしれんな。少しのんびりして休んだほうがいい」

 一瞬、なぜか倉田は言葉を濁した。

「少し考えてみるつもりです」

「そういや、柳田が訪ねてくるように言ってたぞ」

 倉田は思い出したように言った。

「え? 柳田さん? まさか柳田さんにも僕が教師を辞めたこと話したんですか?」

 柳田秀三は倉田の幼馴染で今は長町にあるカウンセリングセンターの所長をしている。柳田とは倉田を通じて知り合ったのだが、その理屈っぽい偏屈な性格が正直言って浅川は苦手だった。だが、柳田は意外にも浅川を気に入っているらしく、以前から会うたびに教師など辞めてうちで働けと誘われつづけている。

「なんだ、まずかったのか?」

 倉田はまるでおもしろがっているように笑った。

「いや……まずいってことはないですが……」

「一度、会って来い。あいつはあいつでおまえのことを心配してくれてるんだ」

「ええ、それはわかってますよ。でも少しの間、のんびりとこれからのことを考えてみたいんです」

 浅川も柳田のことが嫌いというわけではない。ただ、あまりに癖のある男のため、ある程度の心構えがないと会う気にはなれない。

「それじゃしばらくは何もやることなしか」

「そうですね……」

 一瞬、考えてから浅川は答えた。徳永香織のことまで倉田に話す必要もないだろう。話したところで倉田が香織の力を理解出来るとも思えない。「でも、そんな話でわざわざ来たんですか?」

「バカ、そんなわけないだろ」

 倉田は履き捨てるように言った。

「それじゃどうしたんです?」

「この前の一件のことを、一応、おまえに話しておこうと思ってな」

 そう言って倉田は座りなおした。その表情が真剣なものに変わっている。それはまさしく刑事の顔だ。

「この前の一件って……まさか掲示板の件ですか?」

「そうだ――今日の午前中、あの掲示板の書き込みにレスをつけた藤代光男という専門学校生から連絡があった。今朝、宅配便で荷物が送られてきたそうだ」

「荷物? 中身は?」

 嫌な予感がする。

「指だ」

「指?」

 浅川はその荷物を想像して眉間に皺を寄せた。「本物ですか?」

「ああ。指が5本、小さな箱に詰められて送られてきた。おそらく親指から小指までのものだろうな」

「誰のものかはわかったんですか?」

「いや、ただ先週から行方不明の届の出ている女性が一人いる。ひょっとしたらその女性かもしれん」

「そうですか……本当の事件になってしまったんですね」

 事態の重さを考え、浅川はため息とともに言った。「そういえばログは調べましたか? ログから追いかければあれを誰が書いたかは調べられるでしょ」

「調べたさ。そいつの書き込まれたのは一番町にあるネットカフェに置かれたパソコンからだったよ」

「ネットカフェ?」

「そう。『リラックスカフェM』って店だ」

「そこ会員制ですか?」

「いや。そこは入場料500円、一時間延長で100円ってシステムの店で客の管理まではやってなかった」

「防犯カメラは?」

「一日単位で入れ替えてるんで、昨日のものは残っていてもそれ以上前のものは上書きしちまってて無くなってた」

「そうですか……」

「なぜそんなに気にするんだ?」

「え?」

 倉田の言葉に浅川は顔をあげた。「嫌だな。倉田さんが事件のことを教えてくれるから、僕はちょっと聞いてみただけですよ」

「そうか? 妙に気にしているように見えるんだが……」

 倉田にじっと顔を見つめられ、浅川は思わず視線を逸らした。確かに気になっていないといえば、それは嘘になる。

「そりゃ――この事件は普通の事件とは違ってますから」

「異常犯罪か……」

 倉田は小さく舌打するとソファに凭れかかり宙を見つめた。それからすぐに何かを思いついたように再び浅川のほうへ顔を向けた。「どうだ? そんなに気になるならおまえ、俺の手伝いをしないか?」

「え? どういうことですか?」

 その倉田の言葉に浅川は驚いて聞き返した。冗談のつもりなのだろうか、と倉田の表情を伺う。だが、その表情から心のなかを読むことは出来ない。

「そんな難しいことじゃない。今度の事件についておまえの意見を聞かせてくれるだけでいいんだ。俺はこういう犯罪は苦手なんでな。情報は俺が持ってきてやる」

「そんな……ダメですよ。僕は警察の人間じゃありませんよ」

「そんなことはおまえに言われなくてもわかってるさ。おまえは警察とはまったくの無関係で現在失業中の男だ」

「だったら――」

「おまえ、そういうのは好きだったじゃないか? 学生の頃から新聞で事件の記事を読んでは自分なりの推理を披露してたろ?」

 倉田はまるでからかうように言った。

「そんな……だからって現実に捜査をしたいなんて思っていたわけじゃありませんよ」

「ふぅん。俺はてっきりおまえは刑事か探偵にでもなるつもりかと思っていた」

「違いますよ」

 浅川は慌てた。興味本位から大学時代に犯罪心理学の勉強をしたことはあったが、警察官はもちろん探偵になることなど考えたこともなかった。

「いずれにしても、どうせ暇なんだろ? 人間、暇だとろくなことはない。ちょっとした推理ゲームだと思えばいいじゃないか」

「暇ってわけじゃありませんよ」

「何かあるのか?」

「いや……それは……」思わず口篭もる。

「ないんだろ?」

「倉田さん――」

「事件に興味あるみたいじゃないか」

「そりゃ興味はありますが……いや、だからって素人の僕が実際に事件に手を出せるはずないじゃないですか。倉田さんだって守秘義務ってものがあるでしょ」

 刑事になって以来、倉田が事件のことを浅川に話すことなどほとんどなかった。話しても新聞やニュースで報道された内容ばかりで、極秘情報に当たるようなことは喋らないように注意していたはずだ。

「そんなものはおまえと俺が黙ってれば誰にもバレるものか」

 これまでとは違い、倉田は平然と答えた。

「そんな無茶な……それに僕なんて何の力にもなれませんよ」

「そうかな? この前のこともあるじゃないか」

「この前?」

「まさか忘れたわけじゃないだろ。父親が子供を保険金狙いで事故に見せかけて殺そうとした事件。あれだっておまえが運転手と父親が知り合いじゃないかって連絡をくれたのがきっかけで解決したんじゃないか」

「あ……あれは……」

 浅川は口篭もった。まさか徳永香織のことを倉田に話すわけにはいかない。

「いいから手伝え」

 倉田はなおも粘った。おそらく自分がその申し出を了承しない限り決して引こうとはしないだろう。

 浅川は小さくため息をついた。こうなってしまったからは成り行きに任せるしかないだろう。それに確かにこの事件について興味があることは事実だ。

「……わかりました」

「それじゃ女の身元を言うぞ」

 倉田は満足そうににやりと口をゆがめるとジャケットのポケットから手帳を取り出した。

「ちょ、ちょっと待ってください」

 浅川は慌てて立ち上がると部屋の隅に置かれた棚のなかからメモ用紙とボールペンを持って戻ってきた。

 その姿を確認してから倉田は口を開いた。

「名前は門脇妙子。22歳の女性だ」

 倉田は手帳に挟んであった一枚の写真を浅川に向けてテーブルに置いた。そこにはピンクのブラウスを着た若い女性と茶髪の男性が並んで写っていた。

「こっちの男性は?」

「それは婚約者の丸山修。東栄大学の4年生だ」

「へえ、学生で婚約ですか」

「しかも一ヵ月後には結婚式を控えていたらしい。なんでそんなに急いで結婚したいものかね」

 倉田は独り言のように言うとさらに続けた。

「身長158センチ、体重は39キロ。血液型はAB型。こいつは一ヶ月前に会社で行った健康診断の結果だ。住所は太白区富沢南3丁目―6―22 コーポラス山崎の201号室。その婚約者の丸山修から行方不明の届が出されている。派出所の警官が行ってみたところ鍵はかかっておらず、室内は荒らされた形跡はなかった。ただ、窓ガラスがドライバーかなにかでこじ開けられたような小さな穴があいてた」

「穴?」

「こそ泥のよくやる手だ」

「そこから侵入を?」

「ああ。最近流行の焼き破りって方法だろう。バーナーやライターで鍵部分のガラスを暖めて、割れやすくなったところをこじ開けるんだ」

「現場に指紋は残ってたんですか?」

「ああ、いくつか残っていた。だが、女のものと、その恋人のものばっかりで他のものは見当たらない」

「女の指紋がわかってるなら、送られてきた指が本人かどうかはわかりますね」

「いや」

 倉田は首を振った。「あいにくとそれは不可能だ」

「どうしてですか? 腐っていたとか?」

「いや、保存状態はすこぶる良かった。送ってきたときも箱のなかにはドライアイスが敷き詰められてた。それこそ犯人はコレクションのように大事に扱ってる」

「それじゃどうして?」

「送られてきた指には指紋がなかったんだ」

「え?」

「犯人は一本一本指の指紋を削ぎ落としたらしい」

 あまり想像したくはないが、どうにもその指のイメージが頭のなかに広がっていく。

「何のために?」

「知らんよ」

 そう言うと倉田は急にそわそわと手を動かし、ポケットのなかからタバコを取り出した。「最近、女房が本数を減らせってうるさいんだ。吸っていいか?」

 そう言いながら倉田は浅川の答えを待つことなくライターでタバコに火を点けた。倉田は3年前に結婚し、今では2歳になる女の子の父親になっている。

「それじゃ指紋からはその指が行方不明になっている門脇妙子のものとは言えないわけですね」

「そういうことだ。門脇妙子が最後に目撃されたのは10月1日の夜だ。仕事帰りに近所のコンビニで買い物をしたのをそこの店員が記憶していた。毎日のようにやってくる常連だったそうで店員もよく憶えていたんだ。実際に店の防犯カメラにも残っていた」

「それが最後ですか?」

「その後、恋人である丸山修と電話で話をしている。この時もいつもと変った様子はなかったそうだ。だが、翌朝、丸山がメールを送ったところ返事もなく、会社にも出社もしていない。その一晩の間に門脇妙子は姿を消した。部屋にはコンビニで買った弁当が手付かずのまま残されていた。誘拐されたとなると丸山修と電話で話をした直後だろう。指の写真、見るか?」

 倉田は味わうようにゆっくりと紫煙を吐きながらポケットを探った。

「いえ」

 浅川は首を振った。切り落とされた指の写真など見たいわけがない。倉田はすぐに手の動きを止めた。

「DNA鑑定は?」

「今、門脇妙子の部屋から見つかった毛髪と同じかどうか確認しているところだ。おそらくすぐに結果は出るだろう。いったい犯人は何を考えているんだと思う?」

「さあ。まだ何とも言えませんね」

「それじゃおまえに話した意味がないじゃないか。何か思うことはあったろ?」

 倉田は冗談っぽく言った。

「そりゃ少しくらい感じたことはありますよ。死体の顔を潰したり、体の一部を切り取る時は大抵の場合、被害者の身元を隠す時です。現に今回の事件でも指の指紋は削ぎ落とされている。けど、それなら何のためにネットにあんな書き込みをして、切り落とした指を送るなどということをしたのかわかりません。それにこういうケースの場合、身元を調べるためにDNA鑑定をすることくらい誰でも考えると思いますが」

「知り合いの犯行だと思うか?」

「さあ……それもなんともいえないでしょう。ただ、わざわざ2階の窓から侵入しているのであれば、無差別に狙ったわけでもないでしょう。警察じゃどう見てるんですか?」

 浅川は訊き返した。

「おまえと同じレベルさ。精神異常者による犯行という見方をしている者もいる」

「死亡推定時刻は?」

「さあ……」

「わからないんですか?」

「バカなこと訊くなよ。いくら科学捜査が進んでいても、たった指5本だけじゃさすがにそんなことまでわかるはずないだろ。しかもドライアイスできっちり冷凍されてるんだぞ」

「そっか……そうですね……考えてみれば、切断された指が送られてきただけで、被害者が死んでいるとも限らないわけですから」

「そういうことだ」

「それじゃ門脇妙子の家族のもとに脅迫のようなものはあったんですか?」

「いや、まったくない。そういう意味では身代金目的の誘拐事件とは考えにくいな。もし誘拐でもなく、生きている女の指を切断して送りつけたとなると……なおさら異常者の可能性は高くなる」

「やっかいなパターンですね。そういえばどうして犯人は藤代光男の住所がわかったんです?」

「メールで住所を教えたんだそうだ」

「犯人にですか?」

「あの書き込みをした直後に住所を教えてくれというメールが送られてきたんだそうだ」

「それで住所を?」

 藤代光男のあまりにも無防備な行為に浅川は呆れた。それとも最近の学生というのはこれほどまでに危機感がないのだろうか。

(あいつは大丈夫だろうな)

 信頼はしていたが、それでもほんの少し美鈴の事が心配になる。

「ああ、まったく怖いもの知らずって言うか――」

「そのメールは?」

 もし、メールが残っていればそのヘッダ情報などから、どこから送られてきたものか判断することも出来る。

「すでに削除したそうだ」

「そうですか……それじゃどこから来たものかは判断つきませんね」

「フリーメールだったらしい。どうせ、どこかのネットカフェから書き込んだもので、とても足がつくようなものじゃないだろう」

 倉田はそう言ってテーブルの上にあった灰皿を左手に取ると、タバコの火をもみ消した。

「――でしょうね」

「今、パトロールを強化して市内を回らせてる。いずれ指だけじゃなく、他の体の部分も出てくるかもしれない。もちろん被害者が死んでいたら、の話だがな」

 倉田は灰皿をテーブルの上に投げ出すように置いた。アルミ製の黒い灰皿はカラカラと小さな音を立ててからピタリと動きを止めた。

「行方不明者は門脇妙子だけじゃないんでしょ?」

「そりゃそうだ。あちこちから家出娘だったり行方不明だったり、届出はいくつも出てる。指の太さから見て女であることは間違いないだろうが、それがどの女の指なのかなんてさっぱりだ。だからこそ、他の部分の発見を急いでるんだ」

 倉田は苛立ちを抑えるように指でテーブルをコツコツと叩いた。

「がんばってください」

「まるで他人事だな」

「そりゃ、僕は警察関係者じゃありませんから」

 澄ました顔で浅川は言って見せた。だが、頭のなかはどっぷりと事件のことが染み込んでいる。きっとこの事件が全て解決するまでは、このことが頭から離れなくなるだろうという予感がしていた。


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