徳永香織 0-3
交差点の赤く灯る信号を見つめながら、徳永香織はぼんやりと考え込んでいた。
なぜ、今日、あの人のもとへ行ったのだろう。
今までは、自分の力のことを決して誰にも話すまいと固く決めていた。誰に話しても理解などしてもらえるはずがない。そう思い続けてきた。それが昨日会ったばかりの男に自分の力の全てを見せようとしている。
(浅川圭吾……)
どこか浅川には心を許していいと思える何かがあるように思える。初めて会った時、浅川が自分と同じ種類の人間のように感じたものだ。
『好奇心』
浅川はそう言った。それはこれまで香織にとって何よりも嫌な言葉だったはずだ。それなのに浅川がその言葉を言った時、その正直さにかえって好感を覚えた。
むしろ、子供の頃からずっとこの日が来ることを待っていたような気すらしてくる。自分の力を浅川に解き明かしてもらいたい。そう心から願っているのかもしれない。
信号が青に変り、香織は顔をあげ歩き出そうとした。
その瞬間――
「弱虫ね」
その声に歩き出そうとした足を止め、横断歩道の先を見つめる。
そこには小学生くらいの女の子が、うっすらと微笑を浮かべながら香織を眺めている。白いワンピースを着た髪の長い女の子。
それが幼い頃の自分自身の姿であることを香織は知っていた。これまでも何度も香織の目の前に現れている。
途端に香織を息苦しさが襲う。
(何が言いたいの?)
香織はキッと少女の姿を見つめ、心のなかでそう呟く。それで十分に少女には声として聞こえることはわかっている。
「あなたはあの人に助けを求めようとしているのよ」
少女の言葉がダイレクトに頭のなかに響いてくる。「そして、あの人もあなたに助けを求めてる」
(あの人が私に?)
「あの人はあなたに自分が失ったものを見つけ出して欲しいのよ」
信号が点滅している。
(それは何?)
「それはあなた自身の目で確かめたら?」
大型トラックが目の前を走り去り、少女はふっと姿を消した。
いつの間にか再び信号が赤に変り、香織はそっと視線を落とした。




