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メッセージ  作者: けせらせら
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中川響子 4-4

 真奈美と別れた後、浅川たちは桜の働くスナックの同僚にも話を訊きに行ったが、桜の手掛かりを掴むことは出来なかった。

――あの子、あんまり自分のことは話そうとしなかったわ。いつも私たちに馴染もうともしなかったし。あの子、私たちとは違うって思ってたんじゃない?

 赤い口紅が印象的な23歳の沢木真理子はそう話してくれた。

(どこか遠くへ……)

 その言葉だけが全てを失った桜にとって唯一の救いだったのかもしれない。浅川にはその気持ちがわかるような気がした。

「ねえ、せっかくだからドライブにでも行かない?」

 ファミレスで昼食を取った後、駐車場に戻ると美鈴はRAV4の助手席に乗り込みながら言った。

「ドライブ?」

「うん。最近、お兄ちゃんと二人で出かけることも少なかったからさ。 何かこれから予定でもあるの?」

「いや、そういうわけじゃないけど――」

「じゃ、行こうよ」

 美鈴はあっさりと行く事を決めてしまった。確かにこれから予定があるわけではない。あるとしてもマンションに帰って事件のことを再考することだけだ。美鈴の言うようにたまには二人でのんびりとドライブをするのも良い気分転換になるだろう。

 浅川はエンジンをかけると駐車場を出た。

 旧国道4号線を通り、市街地に出ると、国道45号線を抜けて松島のほうにでも行って見るのもいいだろう。

 助手席に座った美鈴が嬉しそうに窓の外を眺めている。こうして二人でドライブに出かけるのも1年ぶりかもしれない。

 日中の街中はそれほど混雑しているわけでもなく、国道45号線にぶつかる交差点まではほんの10分程度でつくことが出来た。交差点にたどり着く瞬間、信号が赤に変わる。

 浅川はブレーキを踏むと、何の気なしに交差点脇にあるコンビニへと視線を向けた。

 ちょうどその時、一人の若者がコンビニから姿を現した。

 どこかでその若者を見た記憶があった。

(誰だったろう)

 浅川はその若者の姿をじっと目で追った。若者はコンビニの前に止めていた黒いスクーターにまたがると、ヘルメットを被りスクーターにエンジンをかける。そして、そのままスクーターをゆっくりと動かしながら浅川の車の前を通り過ぎ反対側に向かって走り出していく。

(あれは――)

 瞬間的に若者が誰かを思い出す。倉田からもらった門脇妙子の写真に写っていた男だ。

 浅川は前方の信号がまだ赤になっているのも構わずハンドルをグイと切りながらアクセルを踏み込んだ。

「何? どうしたの?」

 突然の浅川の行動に驚き美鈴が声をあげた。

「丸山修だ」

 車を急発進させ、すぐに丸山修を追いかけはじめる。右手から左折してきた軽トラックと接触しそうになり、軽トラックがクラクションを鳴らす。だが、浅川はそんなことには無視してスピードを上げた。

「ちょっと! お兄ちゃん!」

 美鈴の声もすでに浅川には届いていなかった。

 門脇妙子の婚約者、そして、藤枝美月が行ったスキー教室のインストラクター。この一連の事件のなかで唯一二人の被害者と面識のあるのが丸山修だ。

 倉田には警察関係者ではない浅川が丸山に話を聞くことを快く思わないだろうが、ずっと丸山には話を聞いてみたいと思っていた。

 浅川は前を行くスクーターを追いかけた。

 スクーターは二日町の交差点を右折した。浅川はその背後からスクーターに近づき、スクーターに気づかせるようにライトをパッシングする。すぐに浅川のパッシングに気づき、スクーターはスピードを緩める。浅川はハザードを出し、道路わきに車を止めた。スクーターに乗った若者もスクーターを止め、怪訝そうに振り返る。革のジャケットに膝の擦り切れたヴィンテージ物のジーンズ。ヘルメットを脱いだその顔はやはり丸山修だ。

 浅川は車を降りると、丸山に近づいていった。

「何すか?」

「丸山修君だね」

「そうっすけど……あんたは?」

 警戒したような目で浅川を見る。

「君は門脇妙子さんの婚約者だよね。僕は今回の事件についてちょっと調べてるんだ」

「それじゃ……警察?」

 丸山は表情を強張らせた。「俺の知ってることはもう全部話しましたよ」

「いや、そうじゃない。僕の知り合いが行方不明になったんだ。まだはっきりとはわかっていないが、門脇妙子さんが殺された事件と関係があるかもしれない」

「はぁ……」

 丸山は気の抜けたような返事をした。

「それで事件について教えて教えてもらいたいんだ。少し話を聞かせてもらえないかな?」

「……いいですけど」

「それじゃ……そこのファミレスに入らないか?」

 浅川は100メートルほど先に見えるファミレスを指差した。

「わかりました」

 丸山はコクリと小さく頷くと再びヘルメットをかぶりスクーターにエンジンをかけた。浅川もすぐに車に戻りスクーターの後について走り出した。

 浅川たちはファミレスに入ると、一番奥の窓際の席に座った。

 丸山は席に着くと、すぐに落ち着きがなさそうにタバコを取り出し火をつけた。

「言っときますけど――」

 と、煙と一緒に言葉を吐き出す。「俺、事件については何にも知らないすよ」

「けど、門脇妙子さんの婚約者なんだろ?」

「そりゃそうですけど……」

「君だって早く犯人を捕まえたいだろ?」

「はぁ……」

 丸山はまた気の抜けたような返事をした。

「マスコミの報道を見てると最初は怨恨じゃないかって言われたこともあったけど、彼女、人に恨まれるようなことはなかったかな?」

「いや……それはないと思います。人に恨みを買うようなタイプじゃなかったし」

「こんなこと聞くのは失礼だけど、彼女は君以外の男性との付き合いはなかったのかな?」

「まさか。あいつに限ってそりゃないですよ。マジメな奴だったから」

 丸山は門脇妙子と杉浦直彦との関係を本当に知らないようだ。

「事件前に何か変ったことはなかった?」

「いや、べつに……あの日電話したときもいつもと変らなかったし……俺だって何がどうなってるのかさっぱりわかんないっすよ」

 丸山は首を傾げた。どうやら事件のことは本当に何も知らないようだ。浅川は質問を変えることにした。

「それじゃ君は藤枝美月さんのことを知ってるよね」

 すると丸山は眉をしかめた。

「ええ、けど知ってるって言っても2回ほどスキー教えただけですよ」

「それはいつかな?」

「今年の1月ですね」

 すでに警察からも聞かれているらしく、丸山の答えは早かった。

「その時、君と藤枝さんとの間に何かあった? あれだけの美人なんだ。特別な感情を抱いても不思議じゃあない」

「何もありませんよ。美人ったってああいうお高くとまったような女は苦手ですから」

 丸山は憮然とした表情で言った。だが、藤枝美月の話を始めてから丸山はまったく浅川の顔を見ようとはしなくなった。

(何かあるな)

 すぐに浅川はそう感じ取った。

「彼女のほうはどうだったの? 君に対して特別な感情は持った様子はなかった?」

「さあ……」

 丸山は惚けたように首を傾げると灰皿にタバコを押し付け、再び新しいタバコに火を点けた。指先が何かを隠そうとするように小刻みにテーブルを叩いている。

「でも、その後も会ってるんだろ? 君と藤枝美月さんが一緒にいるところを見た人がいるんだよ」

 これは嘘だ。だが、途端に丸山の表情が変った。

「な……何を……」

 やはり倉田も言っていたように、丸山と藤枝美月との間には男女の関係があったようだ。

「今更隠し事はよそうよ。その後も彼女からは連絡があったんだよね?」

「それは……」

 丸山はちらちらと浅川を盗み見た。それは浅川が何か情報を掴んでいるのかどうかを読もうとしているようだった。

(もう一息かな)

 浅川はじっと視線を丸山に向けたままさらに言った。

「心配しなくてもいい。僕は君が犯人などと考えているわけじゃない。ただ、君と藤枝美月との間に何があったのか知りたいだけなんだ」

 その言葉に丸山は視線を泳がせた。

「俺は……別に……」

「連絡は君のほうから?」

「ち――違います」

 丸山は思わず答えた。

「じゃあ、彼女のほうから?」

「……はい」

 覚悟を決めたように丸山は頷いた。

「彼女は君のことを好きだったのかな?」

「……俺はあの時だけのつもりだったんです。そんなのよくあることじゃないですか。最初は彼女だってそのつもりだったんだ……それなのに……」

「彼女は君に本気になった?」

「ええ……あいつ、変なんですよ。いきなり『私を連れて逃げてくれ』なんて」

「逃げる? 誰から?」

「父親だと思います。すごく父親に干渉されるのを嫌ってたから」

「彼女とは何回くらい会ったの?」

「……」

「会ったんでしょ?」

「3回……だったかな」

「どうやって? 彼女の携帯電話には君とのやり取りは残っていなかったらしいじゃないか。どうやって連絡を取ったの?」

「あいつ……もう1台携帯を持ってたから」

「もう1台?」

 浅川は驚いた。警察は当然そのことも調べたはずだ。だとしたらなぜ倉田はそれについて言わなかったのだろう。

「たぶん彼女名義のものじゃないですよ」

 浅川の表情を見て丸山は付け足した。

「それじゃ誰のものを?」

「幼馴染らしい男がいて、そいつが彼女のために携帯とか用意したって言ってましたよ」

「幼馴染?」

「ええ、歳はずっと上だったみたいだけど、前に訊いたら『お兄さんみたいな人』だって言ってました」

「君はその男の人を見たの?」

「ちらっと見かけたことはあったけど……はっきりとは……」

 何者だろうか。特別な存在の男がいたのだとすれば、倉田のほうで情報を掴んでいても不思議ではないはずだ。

「君は藤枝美月さんが殺されたことをどう思う?」

「どうって……べつに……かわいそうだなとは思いますけど」

「それほど悲しくはないの?」

「なんか誤解してるみたいだけど……あいつはべつに俺のことなんて好きじゃなかったと思いますよ。あいつはただ親父から逃げたかっただけなんです。むしろあいつのほうが俺を利用してたんです」

 不機嫌そうに丸山は言った。その丸山の態度に浅川の隣に座る美鈴が今にも怒り出しそうな表情になった。

「門脇妙子さんは藤枝美月さんのことを知っていたかな?」

「そんなバカなことあるわけないでしょう。そりゃ……あいつは俺の話から妙子のことを知ってたかもしれないけど……」

「二人がどこかで会ってた可能性は?」

「ありませんよ」

 丸山はムスッとした顔をして言った。

「この事件に君と藤枝美月さんとのことは無関係だと思う?」

 浅川の言葉に丸山は一瞬息を飲んだ。

「関係あるわけないじゃないですか」

 搾り出すように声を出すとちらりと腕時計を見た。

 丸山のポケットのなかで携帯電話のアラーム音が響く。丸山はすぐに携帯電話を取り出して耳に当てた。

「あ、俺……うん、あ……ごめん。今、そっち向かってるとこ。わかってるよ。今、行くから。……浮気なんてするわけねえだろ」

 携帯電話から女性のものらしい声が漏れてくる。門脇妙子の遺体が発見されてまだ半月しか経っていないというのに、すでに丸山には新しい彼女がいるらしい。それを見て隣に座る美鈴が顔をしかめた。それは浅川も同じ気持ちだった。

 やがて、丸山は電話を切ると浅川のほうへ顔を向けた。

「……俺、もういいですか?」

 もうすっかり門脇妙子のことなど忘れているかのようだ。

「ああ、ありがとう」

 浅川が答えると丸山はほっとしたように立ち上がった。

「あ、最後に一つだけ」

 慌てて浅川が声をかけた。「君は安住桜って女性を知ってる?」

「いや……知らないですけど……誰ですか? それ」

 丸山は首を捻った。

「この人だよ」

 浅川はポケットから安住桜の写真を出して丸山に見せた。丸山は浅川の手元を覗き込んでから首を振った。

「やっぱ知らないです……けど……」

「何?」

「いや……あの女に雰囲気が似てるなって思って……」


   *   *   *


「何なのあいつ――最低!」

 車に乗り込むとすぐに美鈴は耐え切れなくなったように言い放った。「あれ、絶対女からの電話だよ。婚約者が死んだばかりだっていうのに何考えてるんだろ!」

 だが、浅川にとって今はそんなことよりももっと気になっていることがあった。

(幼馴染?)

 藤枝美月にそんな男がいたということを倉田は掴んでいるのだろうか。浅川はエンジンをかけるよりも先に、携帯電話を取り出して倉田に電話をかけた。

――どうした?

 倉田はすぐに電話に出た。

「今、丸山修と話をしました」

――丸山? どうしておまえが?

 少し咎めるような口調で倉田が言った。

「やはり丸山と藤枝美月とは男女の関係にあったようです。丸山はスキーのあとも藤枝美月と3回ほど会っていたらしいです」

――ホントなのか? あいつ、そんなこと俺たちには何も言わなかったぞ。

「さすがに婚約者が殺され、しかも次に浮気相手が殺されたとなると、なかなかそんなことは言えないでしょう。けど、ちょっと鎌をかけたら素直に教えてくれましたよ。その時、二人が会えるように取り計らったのが藤枝美月の幼馴染の男らしいんです。倉田さん、その男について知っていますか?」

――幼馴染の男? いや、その男については何も聞いていない。

「すぐに調べられませんか?」

――言われるまでもない。

「お願いします」

 そう言って電話を切った。

 もし、丸山の言っていることが確かならば、その男を見つけるのはさほど難しいことではないだろう。

「お兄ちゃん!」

 自分を呼ぶ美鈴の声にはっとして隣に顔を向ける。

「何?」

「何じゃないわよ。さっきから話し掛けてるのに無視しちゃって」

 美鈴がむっとしたように口を尖らせた。

「ああ、そっか。ドライブに行くんだったな……」

「もういいわよ」

 拗ねたように窓の外を向く。

「そう言うなよ」

 浅川は宥めるように声をかけながら車を動かした。美鈴は典型的なB型タイプで、何かあるとすぐにカッとなる。その代わりといったら変だが、その怒りは持続しない。長く持って1時間もすればケロリと機嫌が治る。

 ファミレスを出るとすぐの交差点を右に曲がり、松島方向へと進路を取る。

「ねえ――」

 と、美鈴が口を開いた。すでにさっきの拗ねたような表情は消え去っている。

「何?」

「お兄ちゃん、前にも聞いたけど、どうして今度の事件のことをそんなに気にするの? 香織さんの力が本物かどうかを確かめるため?」

「ああ……だが、もう答えは出ているのかもしれない」

 そう言った浅川の横顔を美鈴はじっと見つめた。

「お兄ちゃん――」

「ん?」

「苦しまないでね」

 美鈴はぽつりと呟くように言った。


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