徳永香織 0-2
「ねえ」
玄関まで香織を見送り部屋に戻ってくると、ソファに腰掛けたままの美鈴がすぐに声をかけた。「どうして彼女に興味持ったの? 世の中には死んだ人の姿を見ることの出来る霊能者は他にもいるでしょ? なぜ彼女なの? 彼女に何か感じるものでも?」
「さあ……なぜ彼女に興味を持ったのか……それは僕にもよくはわからないんだ。彼女が言うように、本当に彼女が見ているのが『死者の姿』なのかどうかも……」
浅川はそう言ってソファに腰を降ろすと、わずかにコップに残っていたジュースを飲み干した。
「きっと彼女にはそういう力があるのよ」
美鈴は冷静に言った。
「なぜ?」
「言うまでもないわ。でも、なんかさっきのお兄ちゃんの話を聞いてると、彼女に見えるものはただの『錯覚』なんて答えを導き出そうとしているように思えるけど? 何考えてるの?」
「……別に決め付けてるわけじゃない。いろんな可能性を考えてるだけさ」
「ねえ、まさかそれを調べるために教師を辞めたわけじゃ――」
「それは違うよ。彼女と会ったのは教師を辞めたあとだよ。それに彼女と知り合ったのはほんの偶然。ひょっとしたらそういう運命だったのかな」
「さっき話していた高校の時の同級生……あれって真田さんのこと?」
美鈴も真田涼とは何度か会ったことはある。もう十年も前のことではっきりとは憶えていないが、家に遊びに来たのをおぼろげに憶えていた。
「うん」
「懐かしいわね。真田さん、刑事になったの?」
「――らしいよ」
そう言った浅川の表情は浮かなかった。
「どうしたの?」
「うん……この前、ちょっとあいつの噂を聞いたんだ。何でも大きな事件にぶつかって、それが原因で前線から退いたって……それを聞いた時、僕はあいつが言ってた言葉を思い出したんだ」
「何?」
「『幸福を掴むためには平凡であるべきだ』って……あいつはあの頃から自分の力を嫌っていたのかもしれない」
「だから香織さんに声をかけたの?」
「さあ……それは僕自身よくわからない。ただ、彼女を偶然見かけたとき、彼女を放っておいちゃいけない気がしたんだ」
「本当にそれだけの理由?」
美鈴はじっと浅川の顔を見つめた。
「……ああ」
「そう……きっとお兄ちゃんには今の自分の気持ちがわからないのかもしれないわね」
美鈴は意味深に呟いた。
「どういう意味?」
「ううん……なんでもない」
美鈴は視線を落とし小さく首を振った。「それよりマンションのことどうするの?」
「ああ……そのことなんだけど……少し時間をくれないかな」
「仕方ないわね。藤岡さんにはちゃんと連絡しなきゃだめよ。とりあえず、もう1年は管理人を続けてもらわなきゃね」
「明日にでも連絡するよ」
浅川はほっとして言った。
「ま、お父さんのお陰で働かなくても不自由なく生活していけるからね。でも、いくら今は大丈夫だからって少しは将来のことも考えなきゃね」
「わかってるよ」
「いいわ。お兄ちゃんも少しは休憩しないとね。一応、今までずっと働いてきたんだし、少しは自分の好きなことしてみたらいいわよ」
「好きなこと?」
「そうよ。お兄ちゃんって昔からどっかお父さんに遠慮してなかった? お兄ちゃんが教師になるって言った時、私もお父さんも驚いたのよ。お兄ちゃんのことだから周りが驚くような仕事をするのかと思ってたから」
「なんだよ、それ」
「例えば探偵とか……あ、作家っていうのもあったかな。昔からそういう本ばっかり読んでたもんね」
まるでからかうように美鈴は言った。
「別に無理して教師になったわけじゃないよ」
「でも犯罪心理学を専門に研究したかったんじゃないの?」
「昔はそんな気持ちもあったな」
「もうなくなったの?」
「ちょっと俺が想像してたのとは違ってたのさ」
「どんなふうに?」
「僕が考えていたのは現実的に犯罪者が何をどんなふうに考えるかっていう心の研究だったんだ。けど、大学に入って習ったのはその理屈や理論ばかり」
「あは、そういうのって昔から苦手だったもんね」
美鈴は笑った。
「僕が研究したかったのは、真田がどんなふうに物を見て、そこからどんなふうに考えるのか……それだったのかもしれないんだ」
「そう……でも、いくら特別な力を持っているからといっても香織さん自身は普通の人間よ。あんまり研究対象として見たらかわいそうだわ」
「うん」
それは浅川にもわかっていた。