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メッセージ  作者: けせらせら
21/39

安住桜 3-2

 寒い。

 全身を冷気が包み込んでいるようだ。

 香織は毛布のなかに頭を突っ込み丸くなった。

 その寒気が物理的なものではないことは香織もよくわかっている。何か良くないことが起ころうとしている。

 そうに違いなかった。

――助けて……

 頭のなかに声が聞こえてくる。

(誰の声?)

 聞いちゃいけない。香織は両手でぎゅっと耳を覆った。だが、そんなことで声が聞こえなくなるはずもない。

――助けて……

 その声が香織の頭のなかに直接伝わってくる。

(嫌……)

 香織は身体を震わせ、耳を塞ぐ手に力を込めた。

――お願い……助けて……

 次第に声が大きくなっていく。そして、いつしかその声は香織自身のものに変化していく。

「いや……助けて」

 はっとして目を開けた時、香織はそう叫んでいた。

 目の前に広がっているのは、先日と同じコンクリートで覆われた地下室の部屋だ。天井からぶら下げられた裸電球が暗い地下室をわずかに照らしている。

 汚れた白衣を着た男の姿が見える。薄暗いため男の顔立ちははっきりわからないが、なぜかその手にもっているものだけがはっきりと見える。

 その大きな手には鋭いメスがしっかりと握られている。裸電球からの光を受け、キラキラと輝いている。男がそっと近づいてくるのが見えた。

「やめて!」

 香織はそう叫んだ。いや、実際には香織自身が叫んだわけじゃない。そもそも香織自身は自宅の部屋でベッドのなかに潜り込んで眠っているはずなのだ。

 夢のなかで見る夢。そんな感じがする。

(夢? 違う……これは――)

 自分の意識が、他人の身体のなかに飛び込んでいるのだと香織は気づいた。身につけているのは下着だけ。冷たい地下室の空気が肌に突き刺さる。現実にここにいるのが誰なのかはわからない。だが、一人の女性がどこか地下室のなかで半裸にされ、今、殺されようとしている。そして、香織の意識はその女性のものと完全にシンクロしているのだ。こんなことは初めての経験だった。

 微かに油の匂いがする。部屋の隅にポリタンクが二つ並んでいるのが見えた。

 両腕は後ろに回され手首を紐で縛られてるらしく、必死に身体を動かしてもまったく解ける気配はない。

「いやだ……やめてよ……」

 声は涙を含み、訴えるように男に語りかける。ずっと叫びつづけてきたのだろう。その声は擦れ、喉がわずかに痛い。

 無機質なコンクリートの壁にかけられた丸い時計が午前1時10分を指している。

「大丈夫。綺麗にしてあげる」

 男が首を傾げ、ぽつりと呟く。

「何よぉ……私が何したっていうの? 帰してよぉ」

 香織……いや、香澄の意識の入りこんだ女が声を上げ必死に暴れる。縛られた手首に紐が絞めつく。男がゆっくりと香織の傍に膝をつく。

(どうすればいいの?)

 ぐいと男の左手が首を掴んだ。冷たく大きな手。

「ひぃ……」

 恐怖から声が漏れる。

「そんなに暴れちゃいけないよ。傷つくじゃないか。君の肉体は大切な儀式に使われる。大切にしなきゃ」

 男はメスを持った右手を背中のほうへ向けた。プツリと紐が解かれ、一瞬、腕が自由になる。すぐに痺れた腕を伸ばし、男から逃げようとした。だが、右ひじの辺りがズキリと鋭い痛みが走る。ちらりと見ると右腕はダラリと力なく垂れ下がっている。

(折れてる)

 香織は必死になってわずかに自由に動かせる左手を伸ばし男から逃れようとした。それでも男はそんなささやかな抵抗などまったく気にすることなく、すぐにその左腕をぎゅっと掴んで引き寄せた。

「痛い!」

「ごめんね」

 そう言いながらも決してその腕を放そうとはしない。

 ちらりと視線を自らの左腕に向けると、肘の辺りにマジックで書かれたような一本の太い線が腕をぐるりと一回り書かれているのが見えた。

「何するの?」

「まずはここからだね」

 男はそう言うと香織の腕を左手で固定し、右手に持ったメスをそっとその線の部分に当てた。ひんやりとしたメスの感触が肌に伝わってくる。

「いや……止めて……」

 逃れることは出来ない。そう本能が告げている。

「ごめんね」

 男がにやりと微笑み、そっとメスを横に動かす。

 鋭い痛みが全身を突き抜けた。

「いやぁぁぁぁ!」

 飛び起きた時、そこは自宅のベッドのなかだった。全身が汗でぐっしょりと濡れ、鳥肌がたっているのが感じ取れた。

 闇のなかに自分の荒い息遣いだけが聞こえる。

 香織は呼吸を整えようと大きく息をした。それでも激しく高鳴る鼓動はおさまらない。

(誰かが殺された?)

 あれはただの夢なんかじゃない。それがはっきりと感じられる。

 恐怖心から身体が動かない。ちらりと視線を動かすとベッド脇に置かれた目覚まし時計が午前3時ちょうどを指しているのが見えた。

(浅川さん)

 香織はそのまま意識を失いふらりとベッドに横たわった。


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