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メッセージ  作者: けせらせら
18/39

藤枝美月 2-8

 榴ヶ岡の駅から歩いて10分のところに私立白新学園がある。

 8年前に新設されたばかりのまだ新しい学校だ。『一人一人の可能性を求めて』という教育方針を掲げている。だが、浅川の目には他の学校と何も変らない進学目的の大衆教育にしか映らない。

 午後3時30分。終業の鐘が鳴ると、5分も経たないうちに正門から制服姿の学生たちが姿を現してくる。

 浅川は通りを挟んで向かい側にある喫茶店で、正門から出てくる生徒たちの姿をぼんやりと眺めていた。

 杉浦直彦との約束は3時45分。すぐにやってくることだろう。

――いったいどうしたんです?

 昨夜、浅川が杉浦に電話をいれると、杉浦は驚いたように言った。

 驚くのも無理は無い。浅川が教師をやっていた時でも、プライベートで電話をしたことなど一度もなかったのだ。それでも浅川が門脇妙子の名前を出すと、杉浦は素直に会うことに応じてくれた。

 こんなことを倉田が知れば怒るかもしれない。だが、どうしても門脇妙子について杉浦に話を聞いておきたかった。

 やがて、スーツ姿の男が正門から姿を現した。杉浦直彦だ。黒のブランド物のスーツを着込んだ杉浦が女子生徒たちと談笑しながらゆっくりと歩いてくる。そして、正門のところで手を振って女子生徒たちと別れると、そのまま横断歩道を渡り、浅川のいる喫茶店へと近づいてきた。

 カランと鈴がなりドアが開く。

 杉浦はすぐに浅川の姿を見つけて近づいてきた。

「わざわざすいません」

 浅川が言うと、杉浦は軽く笑顔を作って見せた。

「いえ、とんでもない」

「忙しいですか?」

「ま、普通ですよ」

 お互いが探るように言葉を交わす。

 杉浦はコーヒーを注文すると、しばらくの間、教師のことや学生の進路のことを一人で喋りつづけた。そして、若いウェイトレスがコーヒーを運んでくると、ピタリと言葉を切った。

「それで?……門脇妙子の話って何です?」

 杉浦はそう言ってから左手でコーヒーカップを持ち一口飲んだ。左手の薬指には結婚指輪が光っている。確か大学を卒業して間もなく結婚したのだと聞いたことがある。

 浅川は杉浦の顔に視線を移した。

「昨日も聞きましたが、杉浦先生は門脇妙子の担任だったことがあるそうですね」

「ええ、前の学校でね……それが何か?」

「彼女とはどんな関係だったんですか?」

「まるでワイドショーの記者のようですね」

 杉浦は笑って見せた。

「僕はマジメに聞いているんです。門脇妙子が殺されたことは杉浦先生だってご存知でしょう?」

「そりゃあ私だってそのくらい知ってますよ。その件については警察も私のところに訊きにきましたからね。でも、それを浅川先生が訊きにくるとは思ってなかったな」

「彼女とはどんな関係だったんですか?」

 浅川はもう一度繰り返した。

「あなたは何を知ってるんです?」

「何も知りません。だから訊いているんです」

「聞いてどうするつもりです? まさかこれは恐喝じゃないでしょうね」

「まさか。実は彼女の遺体の第一発見者は僕なんです」

 杉浦は目を丸くした。

「あなたが? どうして?」

「偶然ですよ。けど、僕なりに彼女がなぜ殺されたのか知りたくなったんです」

「そんなことは警察に任せておけばいいじゃないですか」

「警察じゃ犯人を捕まえることが出来ても真実にたどり着けるかどうかはわからないでしょう。僕は真実を知りたいんですよ」

「それで私のところへ彼女のことを訊きに?」

「そうです。杉浦先生も警察には言いたくないことだってあるでしょ?」

 浅川はそう言って杉浦の目を覗き込んだ。

 杉浦は一瞬、唇に力を込め真一文字に結んだ。だが、それからすぐにふっと力を抜くように口を開いた。

「仕方ないですね」

「教えてもらえますか?」

「いいでしょう。その代わりこのことはここだけの話にしてもらえますか?」

「もちろんです」

「確かにあなたが想像しているように私と彼女は愛人関係にありましたよ。彼女が高校3年の時です」

「その関係はいつまで続いたんですか?」

「今年の春までです。私は密かにマンションを借りて、時々、そこで彼女と会ってました」

「彼女には恋人がいたでしょう?」

「丸山修ですね。彼も私の教え子です。この秋には結婚する予定だったみたいですね」

 杉浦は平気な顔で言った。

「彼女はあなたと丸山修を二股にかけていたわけですか」

「うーん、そういう言い方はどうでしょうね。私と彼女は身体の関係はあっても心の関係はなかったですからね。もちろん彼女は私に愛情を求めていたのかもしれません。けど、私は彼女と心の関係まで持つ気にはなれなかった。もともと私には妻も子もいますからね。それを捨てるつもりはありませんよ」

「つまり杉浦先生にとっては遊びだったわけですか」

「お互いの割り切りですよ。彼女はそれでもいいと言っていたわけです。まさか、あなたは私との関係が原因で彼女が殺されたと考えているんですか?」

「違うと言い切れますか?」

「そりゃ断言は出来ません。けど、その可能性は極めて低いんじゃないですか。私と彼女のことは誰も知らないことです。それにもしそれが原因だとしたら犯人は丸山修ってことですか? それだって有り得ないと思いますね。彼はそんな人間じゃありませんよ」

「それじゃ杉浦先生は誰が門脇妙子を殺したと思っているんです?」

「さあね……バラバラ殺人なんて普通の人間には出来ないでしょ。どこかの頭のおかしなバカがやったことでしょう」

「通り魔ですか?」

「さあ……」

「誰かに恨まれたということはあるんでしょうか? 彼女は穏やかな性格だったらしいですね」

「普段は大人しい子でしたよ」

「普段は?」

「ええ、実は彼女、私のパソコンを使ってホームページを作っていましてね。そこに私との生活を記録していたことがあるんです。もちろん匿名ですよ。彼女は自分の純愛の記録のつもりだったらしいんですが、ある日、その掲示板にある書き込みがありまして、それが彼女の行動を否定する内容だったんです。『あなたのやっているのは純愛なんかじゃない。ただ利用されているだけだ』ってな内容ですよ。客観的に見ればそのとおりの書き込みなんですが、彼女、猛烈に怒り出しましてね、一時期、ずっとパソコンの前に張り付いて、その書き込んだ相手と言い争っていたことがありました」

「そえはいつ頃の話です?」

「ちょうど去年の今ごろかなぁ」

「それで、どうなったんですか?」

「どうもなりませんよ、あんなもの。最後はあちこちから『荒らし』が集まってきて掲示板はメチャメチャ。彼女が泣く泣くホームページを閉鎖して終わりです」

「その言い争った相手というのは?」

「同じ年ほどの女性のようですが、詳しいことは私にもわかりませんよ。確か『MOON』とかいうハンドルネームでしたね」

(MOON……月?)

 そのハンドルネームを聞き、浅川は藤枝美月のことを思い出した。もし、それが藤枝美月なのだとすれば、丸山修以外に二人の接点があることになる。藤枝美月は門脇妙子と杉浦の二人のことを知っていたのだろうか。

「どんなことを書いてありました?」

「一度、書き込んである内容を読んでみたけど、やたら理屈っぽいこと言ってました」

「実際に会ったことはあるんでしょうか?」

「いや、それはないでしょう。ただ、あの時の彼女は普段とはまるで人が変ったように攻撃的でしたね。ああいう普段大人しい子は一度怒り出すと手がつけられなくなるものです」

 そう言いながら杉浦は窓から正門から出てくる生徒たちを眺めた。まるで他人事だ。その態度に小さな苛立ちを感じた。

「罪の意識はないんですか?」

「罪の意識?」

 驚いたように杉浦は浅川へ視線を戻した。

「僕にはあなたが彼女を利用していたように聞こえるんですが」

「さっきも言ったでしょう。これは割り切りですよ。恋愛なんてゲームみたいなものなんですから」

 薄ら笑いを浮かべながら杉浦は言った。

「嘘です。彼女は本気であなたのことが好きだった。そして、それをあなたも知っていたんでしょう?」

「だとしても別に彼女を騙したわけじゃない。私が結婚していることを知ったうえで、彼女は私との関係を持ったんだ。お互い様でしょ」

「相手は高校生だったんでしょう? 客観的に物を見ることが出来ないんですよ」

「あなたの教育論は結構ですよ」

 杉浦は不機嫌そうに言った。「私はあなたの望みどおり正直に彼女との関係をお話しました。それで十分でしょう。言っておきますが、今の話をもとに私を脅しても無駄ですよ。何の証拠もないんですからね」

 そして、杉浦はすっくと立ち上がろうとした。

 その瞬間、浅川の身体が無意識のうちに動いていた。杉浦の胸倉を左手で握ると、思い切り右の拳を杉浦の顔面に叩き込む。

「ぐぁ」

 小さな悲鳴をあげて、杉浦は床の上に倒れた。「な……何をするんだ!」

「あなたみたいな人が教育者でいることが僕には我慢できないんですよ」

 心のなかに得体のしれない怒りがこみあげていた。


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