藤枝美月 2-2
門脇妙子のバラバラ死体が見つかって以来、マスコミは『美人OL殺人事件』という見出しとともに連日のように事件のことを報道している。
浅川はソファに身体を預け、ぼんやりとワイドショーの内容を眺めた。
――やはり動機は怨恨でしょうか?
白髪混じりの現場記者あがりのキャスターが元検事という肩書きのコメンテーターに問い掛ける。
――そうですね。怨恨の線は濃いでしょう。もちろんバラバラにすることで死体の処理をしやすくするという大きな目的はあります。ただ、今回、私が気になっているのは死体に首がないということです。
と、いかつい顔をしたいかにも元検事といった男が答える。
――それはどういうことでしょう?
――警察の発表では、それ以前に送られてきた指も、指紋を削ぎ落とされていた。つまり犯人は被害者の身元を隠したかったんでしょうね。
――けれど、今回はずいぶん早い段階で被害者の身元がわかりましたね。
――そうです。被害者の恋人からの行方不明の届が出てきたこともあり、その点は警察も迅速に動いたということでしょう。今は指紋だけではなく、DNA鑑定などで被害者の身元をある程度特定することが出来ますからね。犯人はそれを知らなかったのかもしれません。
――あまり警察の捜査には詳しくない……ということでしょうか?
――そうですね。事件そのものはあまりに残酷なものながら、どこか幼稚な面を感じますね。まさか少年犯罪ということはないとは思いますが……
なんとも無難なコメントだ。
浅川はそこまで見ると、リモコンを手にしてTVのスイッチを切った。どの局の報道を観ても新たな情報はなく、過去に起こった事件を例にあげたワンパターンで内容のない報道ばかりだ。
先日の門脇妙子の遺体発見以来、どこで情報を仕入れてきたのか浅川のところにもマスコミの取材依頼が来るようになっている。もちろん全て断ってはいるが、すっかり浅川も事件関係者となってしまったことを実感させられていた。警察からもいつ再び事情聴取に呼ばれるかはわからない。
脳裏にあの時の指のない腕が蘇ってくる。生気を失った人形のような白い腕。浅川にとってもバラバラ遺体などを見るのはあれが初めてのことだ。
さすがにあの瞬間は指が震えた。人を殺し、その遺体をバラバラに切り刻むなどということがそう簡単に出来るものなのだろうか。
(身元を隠す?)
本当にそうだろうか。もし、身元や犯行を隠すつもりなのだとすれば、なぜわざわざ掲示板にあのような書き込みをして、指を一般の人に送るなどということをしたのだろう。まるで自分の犯罪を誇示しているようにも見える。だが、精神異常者がよくやる犯行声明とは意味が違っている。犯行声明ならばどこかに自分自身の存在を世の中に認めさせようとする意思が見え隠れしている。それなのにあの書き込みは単純に犯罪そのものを伝えようとしているに過ぎない。
バラバラに切断された遺体にしても、浅川が見つけなくてもすぐに他の人が見つけたろうと思うほど簡単に埋められていたに過ぎない。そもそも本気で隠すつもりなら、もっと違う場所に埋めたはずだ。
(隠したい……? それとも隠したくない……?)
その犯人の行動に浅川は矛盾を感じていた。
その時、部屋の電話が鳴り響いた。
また倉田からだろうか。
何か進展があったのかもしれない、と思いつつ浅川は急ぎ電話に出た。
「――はい」
だが、受話器から聞こえてきたのは思いもよらない相手からだった。
――浅川君か?
「え……ええ……」
一瞬、それが誰の声かわからずに浅川はうろたえた。
――久しぶりだね。柳田だよ。
「ああ――」
思わず言葉を失った。
――どうしたんだ? 驚いているみたいだね。
「え……ええ、柳田さんから電話がくるとは思ってなかったので」
柳田秀三との付き合いは長いが、これまで一度として柳田から電話がかかってきたことはなかった。いつも倉田を間に挟んでの付き合いだった。
――君、教師を辞めたんだって?
「ええ、ちょっと思うところがありまして……」
そう答えてからシマッタと思った。
――思うところ? 具体的に何か考えていることがあるのか?
予想通り、浅川の答えを柳田は追及した。曖昧な答えをするといつも柳田はそこを突いてくる。
「それは――」
――ないんだろ?
「いえ……そんな……」
――別に隠さなくてもいい。『思うところがある』なんて言う奴は大抵何も考えていないものだ。
柳田はズケズケと言った。
「はぁ」
柳田と話をしていると、言い返す気力を失っていく。どんな議論をしても柳田には勝てる気がしない。
――君、どうせ暇なんだろ? 遊びに来なさい。
「はぁ……それじゃいずれ時間を見て――」
――いずれ? それじゃだめだ。今から来なさい。
「どうしたんです? いったい」
――君に渡したいものがあるんだ。今日は診療を休みにしたから、今すぐに来なさい。
「そんな――」
――待ってるよ。
そう言うと一方的に柳田は電話を切った。