門脇妙子 1-6
マンションから七北田公園までは車でわずか5分程度の距離だ。泉中央駅からも近く、週末には家族連れで賑わうことが多い。
すでに日は沈み、公園内に人影は見えなくなっている。週末にはサッカーの試合観戦で大勢が集まる仙台スタジアムも、平日は照明も消され国道を走る車の音だけが聞こえている。
浅川は車を公園脇に止めると、懐中電灯を持って車を降りた。そして、懐中電灯で周囲を照らしながら1段低いところにある公園へ階段を降りていった。
(確か花壇のところだと言ったな)
公園内に花壇は3箇所ある。
まず浅川はまっすぐに公園中央にある花壇に近づいていった。知らず知らずのうちに緊張が全身を包んでいく。おそらく香織の言っていることに間違いはないだろう。そこには死体の一部があるのだ。香織には『死者の姿』を見る力だけでなく、『死』を一つのヴィジョンとして捉えることの出来る能力があるのかもしれない。
(死者からのメッセージというわけか)
懐中電灯を照らしながら花壇の中を捜していく。
(それにしても――)
こんなところを人に見られたら、むしろ浅川自身が不信人物と間違えられるかもしれない。そもそも門脇妙子の遺体を発見したとして、警察にどう説明すればいいのだろう。いくら倉田でも浅川がこんな時間に公園で死体を発見したといえば、何か事情があることくらいすぐに感づくだろう。
こんなことなら自分が公園で遺体を捜している間、美鈴に警察への言い訳でも考えておいてもらえばよかったと浅川は後悔した。美鈴ならきっとうまい言い訳を考えてくれることだろう。
だが、その後悔はすでに遅かった。その時、花の影に隠れた白い物体が光のなかに浮かび上がった。
(これは――)
花壇の土の間からわずかに見えるその白い物体は紛れも無い人間の肌だ。浅川はハンカチを取り出すと、慎重深くそっとその物体にかけられた土を避けてみた。血の気を失った真っ白なマネキンのもののような腕があらわになる。
浅川はそれを見て息を飲んだ。
その腕には指がなかった。
* * *
浅川の連絡を受け、警察がやってきたのはわずか5分後だった。
初めにやってきたのはすぐ近所にある泉中央署の1台のパトカーで、中年の警察官の二人組みだった。
やってきた警察官に浅川は花壇のなかに遺体の一部が転がっていたことを説明した。警察官たちは、初め半信半疑の表情をしていたが、浅川の説明を聞きそれを確認するとすぐに応援を要請した。
それは正しい判断だ。とても警察官二人の判断で処理出来るようなものではない。
その後、すぐに何台ものパトカーが駆けつけ、やがて公園内は制服を着た警察官や鑑識の人間で溢れかえっていった。彼らは他の花壇のなかまでも捜索し、すぐに遺体の他の部分も見つけ出した。
最初にやってきた警察官の一人は浅川の隣に立ち、ずっと浅川が逃げないようにするかのように見張り続けている。
20分後、1台のパトカーが姿を現し、そこから倉田が姿を現した。
「なぜ、おまえがここにいるんだ?」
倉田は浅川を見つけると険しい表情でツカツカと歩み寄り、咎めるように言った。
「僕が第一発見者なんですよ」
浅川が肩を竦めて答えてみせると、倉田はますます驚いた表情に変った。
「なぜ?」
「なぜなんでしょうね」
「おい、ふざけてる場合じゃないぞ」
それは言われるまでもない。倉田が真剣である事はその表情を見るまでもなくわかっている。それでもどうにも倉田を納得させられるだけの言い訳は頭に浮かんでこない。
「ちょっと探し物をしにきたんですよ」
「探し物?」
「ええ、昼間、暇つぶしに散歩に来たんですけど、その時、御守りを落としてしまって」
我ながら下手な嘘だと思いつつも、浅川は飄々と答えた。
「御守りぃ?」
倉田は眉間に皺を寄せ、露骨に嫌な顔をした。「それで御守りではなく遺体を見つけたっていうのか?」
「そうです」
「で、御守りは見つかったのか?」
「いえ、ひょっとしたら落としたのはここじゃなかったのかも」
「おまえな……嘘をつくならもう少しマシな嘘をつけよ」
倉田は声をわずかに潜めて言った。
「ま、嘘と思われるなら仕方ないですが……」
ヘタな嘘と思われるのも仕方ない。いずれにしても浅川は香織のことだけは隠し通すつもりでいた。倉田が香織の存在を知ったところで、その力については浅川以上に信じることが出来ないだろう。
そうこうしている間にも遺体は次々と公園から見つけ出されていく。若い刑事が倉田に駆け寄ってきた。
「倉田さん――」
「全部見つかったか?」
倉田が若い刑事に声をかけた。
「首以外は全て」
「首? 首はないのか?」
「はい、それと厳密にいえば両手両足の指も切断されていて見つかりません」
「肝心なところは全て見つからないってことですね」
浅川が口を挟むと、若い刑事は余計な口を挟むなとばかりにジロリと浅川を睨みつけた。
「鑑定すればすぐにわかるさ」
そう言って視線を浅川に向ける。「それにしても第一発見者がおまえだとはな……面倒なことに首つっこみやがって」
もともと事件に協力しろと言ってきた事など忘れたように倉田は言った。
「すいませんね」
「謝られても困るが……ま、いろいろと訊かれることは覚悟しておいてくれよ」
倉田はポンと浅川の肩を叩いた。




